イギリスにおける自立支援の学びと実践 ――子どもの意見表明の保障とニーズに応える治療的ケア

執筆者

佐藤 孝平

第44回(2018年度)イギリス研修団員 希望の家(児童養護施設) 施設長

目次

1.はじめに

組織の一職員がイギリスの研修で得た知見を日本での実践にどのように反映していくのか。帰国後、何かを成し遂げたいという熱意と、追われる目先の業務との間で、しばらくの期間は悶々としていたことを覚えています。個人レベルでは、自らの柔軟な思考や探究心の向上などにつながり、目の前の一つひとつの選択や実践に大きな影響を与えてくれています。あるとき、これを真摯に積み重ねていくことが貴重な経験をさせていただいた私の役割であり、結果として子どもたちの利益にもつながっていくのだと腑に落ちました。
研修時のイギリスの児童福祉は早期の予防的支援(Early Help)に大きく舵を切り、視察先の複数の自治体でも社会的養護の子どもの数の減少など親子分離の防止を目指した支援の効果を上げていました。自立を端的にいえば「自己決定を前提に必要なサポートを受けながら自分らしくより良く生きていく過程」であると私は認識しています。小児期の深刻な逆境体験は、自分らしくあることや、健全な成長発達に対しても大きな妨げとなり、長期にわたり影響を及ぼします。早期の予防的支援によりそれを防ぐこと、社会的養護に至る場合でも傷つきを可能な限り小さくすることが、社会的養護における自立支援を考えるうえでの土台となることを実感しました。ここでは自立支援につながるイギリスにおける2つの取組みを紹介し、実践への応用を記します。

2.イギリスの自立支援につながる取組み

(1)チルドレンズガーディアン(Children’s Guardian)による最善の利益の保障
イギリスでは、社会的養護などの重要な判断には司法が強く関与しています。子どもには子どもの代弁者となる担当弁護士に加え、「チルドレンズガーディアン」がつきます。チルドレンズガーディアンは、十分な訓練を受けた経験豊富なソーシャルワーカーです。子どもの願いや気持ちを丁寧に聞き、家庭背景や子どもの状況などを確認したうえで、最善の利益について裁判所に提言・助言します。その内容が子どもの意思と異なるものであった場合には、誠実に説明します。子どもの担当弁護士、自治体のソーシャルワーカーと弁護士、そして、自治体には属さない独立した立場にあるチルドレンズガーディアン、それぞれが自らの役割を遂行し、司法の判断が子どもの最善の利益にかなうことを保障しています。
さまざまな立場にある者から必要なサポートを得て、意思を形成し、表明する。それに反する判断がある場合には当事者が常に中心に置かれ、自分の人生の決定に主体的に関与できる仕組みが、イギリスの若者の自立支援を進める根底にあることを理解しました。

(2)治療的総合支援施設の有用性
ファイブ・リバーズ・チャイルドケア(Five Rivers Child Care)は、治療的な理解に基づく実践によって、福祉的、教育的、治療的支援を統合的に行う社会的企業です。職員全員が愛着とトラウマ・インフォームド・ケアに関する研修を受講し、以下のサービスを行っています(複数のサービスを利用可能)。

  • アセスメント・セラピー:ソーシャルワーカー、臨床心理士、心理治療士、教育の専門家らで構成されるチーム。アセスメント、コンサルテーション、介入、トレーニングを提供しています。
  • 里親養育:ファイブ・リバーズ・チャイルドケアに登録する里親はイギリス全土に約400人(研修当時)おり、すべての里親に無料の総合的なトレーニングと24時間365日体制のサポートを提供しています。
  • 入所型ケア:治療的な理解に基づく専門的なケアをしています。子どものニーズや年齢、性別に対応できるよう、それぞれ異なるスタイルと形態(グループケア、単独ケア、緊急保護)をとっています。
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図1 ファイブ・リバーズ・チャイルドケアにおける入所型ケアのスタイルの例(筆者作成)

  • 教育:一般の学校やその他の学校での教育環境がうまく機能しなかった子どもたちや若者たちに、学業的な成功、情緒的成長、総合的な子どもの発達を促進する治療的教育の枠組みを提供しています。基本的には個別、あるいは3~4人の少人数制をとり、施設内における教育施設のみならず、複数の地域で教育機関を運営しています。
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視察した教育部門の学校

  • 危機介入:短期の集中的なケアを必要とする危機的状況にある子どもに対して、単独措置(子ども1人につきスタッフ2人を配置)のサービスを提供しており、教育と入所型ケアにおける集中的支援で、子どもの可能性を最大限に引き出すことを目指します。

ファイブ・リバーズ・チャイルドケアは、イギリス全土に事業展開し、自治体では満たされない多様なニーズに応え、100を超える自治体から依頼を受けています。子どもの状況やニーズに応じてサービスがカスタマイズされ、生活場所や必要な支援が施設の充実した資源から提供されます。
自立支援といっても必要な支援は一人ひとり異なります。早期の予防的支援(Early Help)の結果として親子分離に至ったとしても、ここではそれぞれのニーズに応える包括的なサービスメニューに加え、それを担う職員が治療的な理解に基づく共通の専門性を発揮していることで、子どもの可能性を最大限に高めていることを理解しました。

3.日本における実践への応用

(1)子どもの代理人弁護士
施設で生活する子どもたちの中には、施設生活に対して、十分な説明と納得が得られていないと思われる子どもが少なくありません。また、入所中の子どもの意見と安全保障の観点でも、乖離が起きることがあります。そうした場合、説得だけでは納得は得られず、必要なのは子どもの立場に立って理解し、実現するための具体的な策を一緒に考え、実行する、ということを繰り返していく存在だと感じています。それを子どもにとって利害関係のある施設職員が担うことは時に困難が生じます。
当施設では、法人の顧問弁護士などの助言と協力を得て、該当の子ども自身が代理人弁護士を選任するケースがありました。子どもとの関係形成から、子どもの意思に基づいた行政機関との交渉、保護者との調整などを経て、子どもとしては納得できる結果を得られることにつながりました。仮に違う結果だったとしても、自らの選択に主体的に関与することで折り合いのつきやすさにつながったと想像します。今年度も複数のケースで、代理人弁護士を選任してもらうことになりそうです。子どもの声をどうすれば丁寧に紡いでいけるのか、弁護士や児童相談所などと協働しながら、状況に応じた支援のかたちを探ってまいります。
自立支援においては、子どもの意見表明と実現のための支援は必要不可欠です。今年の職員研修は、当施設の退所者に研修講師を依頼しています。子どもの声に真摯に耳を傾けられる施設でありたいです。

(2)治療的な養育
当施設では、東京都独自の取組みである専門機能強化型児童養護施設の指定を受け、2025年度は非常勤精神科医師のほか、常勤心理士1名、非常勤心理士5名、音楽療法士1名を配置しています。そのうち2名の心理士は治療指導担当職員として、各グループを巡回しています。加えて、ケアワーカー全員が、Care研修(子どもと大人の絆を深めるプログラム)、トラウマ・インフォームド・ケア研修、ポリベーガル理論研修を受講し、多職種が連携しながら、心理的・治療的なケアを提供し、子どもたちの自立を支援できるよう努めています。また、ファイブ・リバーズ・チャイルドケアのような教育の機能は有していませんが、子どもの状況やニーズに応じ、学校選択の働きかけ、公教育での合理的配慮の依頼、保育所等訪問支援や療育の利用、などを行っています。
職員の共通した専門性の修得や、施設内外の資源の有効活用などを通して、一人ひとり異なるニーズに応えていけるよう、引き続き取り組んでいきたいと思います。

4.おわりに

児童養護施設が地域の予防的支援に貢献し、傷つきを可能な限り小さくしていくこと。そして社会的養護の子どもたちの意見表明を保障し、その実現に努めながら、一人ひとりの子どものニーズや状況に応える心理的・治療的な支援をいかに提供していけるか。いずれも社会的養護の子どもたちの自立にとって大切なことですので、イギリス研修では重要な示唆を与えていただきました。イギリスでの学びを通した選択と実践を、これからも一つずつ真摯に積み重ね、子どもたちがよりよく生きていく過程に貢献していけるよう努めていきます。

文献

 ・子どもの虹情報研修センター(2019)「平成30年度報告書 イギリスの児童福祉制度視察報告書」
公益財団法人資生堂社会福祉事業財団(2019)「第44回(2018年度)資生堂児童福祉海外研修報告書-イギリス児童福祉レポート-」

佐藤 孝平

2005年 社会福祉法人共生会希望の家 児童指導員として従事。社会福祉士 2012年 日本社会事業大学専門職大学院修了 2012年 同施設の自立支援コーディネーター(都事業) 2021年 同施設の施設長

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