世界の子ども福祉~実践と未来~
第2回テーマ
「」

執筆者
樋口 純一郎
第42回(2016年度)カナダ研修団員 神戸市こども家庭センター 児童心理司SV
日本の児童福祉は欧米先進諸国に比べて遅れている、とよく言われます。自分の目と耳で確かめたい思いもあって、私は、2016年に、カナダ(ブリティッシュ・コロンビア州)を視察しました。当時、私は児童自立支援施設勤務で、問題行動を抱える子どもたちを対象に、ソーシャルスキルの向上を目指したグループワークに力を注いでいました。また、児童養護施設の仲間は、さまざまな切り口でリービングケアに取り組んでいました。
確かに当時日本は大舎制施設も残存し、里親事業はあまり活発でなく、個別的なケアの全般的なレベルは低いのだろうという認識はありました。しかし、自分たちなりに取り組んでいる“自立支援”はいったいどのように諸外国と違うのだろうかという思いで、カナダを訪れました。
海外研修で訪れたカナダ(ブリティッシュ・コロンビア州)の自立支援機関は、①ブロードウェイ・ユース・リソース・センター、②コベナント・ハウス・バンクーバー、③BCフェデレーション・オブ・ユース・インケア・ネットワークスでした。①は、州の助成を受けたさまざまなタイプの団体がその得意とする支援(食支援、学習支援、就労支援、生活費相談、奨学金相談、住居支援、カウンセリングなど)を1か所のプラットフォームのもとで展開し、訪れた若者はソーシャルワーカーによって必要なプログラムにつないでもらえるというものです。②は、行き場をなくした若者のためのシェルターで、“ドロップ・イン”といって予約なしの単発的な利用も可能でした。③は、州内に複数の支部を持つ社会的養護経験者のための組織で、居場所支援や当事者らによる機関紙発行を通したアドボカシー活動や政策提言などを行っていました。

Broadway Youth Resource Centreの様子
一番強く印象に残っているのは、社会的養護経験のある当事者らがつながり、社会的に発信し、今支援が必要な子どもたちと自らが関わっていることでした。その主体性や行動力は、単に“お国柄”や文化の差では済まされない、私の支援に対する根本的な意識や方向性を考えさせられました。また、熱意を持った団体同士がネットワークを組んで、行政や教育委員会、はたまた銀行などの一般企業に働きかけ、20代も含めた社会的養護経験者に必要な支援を次々に実現していくさまに感激しました。
カナダへの海外研修後の私は、子どもたちの「主体性の育み」を重視するようになりました。具体的には、施設心理士として既に実施していたグループワークの中で、俳句や詩など遊び感覚で言語化する場面を設け、自分の考えや気持ちを他者の前で表現する楽しさや喜びを経験できる機会を増やしました。退所生をゲストスピーカーで積極的に招き、自身の体験や考えを言葉にしてもらいました。どんなに偉い先生の言葉より、当事者同士の言葉のほうが響く・癒されることを痛感しました。私の予想をはるかに上回る子どもたちの表現力や内省力、自分の生い立ちや課題を振り返る力に驚かされ、目の前のソーシャルスキルの習得も大切ですが、子どもたちの主体性こそが“自立”の原動力になることを再認識しました。
私自身、“支援者-要支援者”“支援する者-される者”をあまり意識しなくなりました。たまたま家庭や育ちが違うだけで、支援者も要支援者もないという感覚が強くなりました。
(1)自立支援事業の拡充に向けて
私がカナダを訪れた当時に比べ、日本では自立援助ホームや社会的養護当事者団体が着実に増え、2022年の児童福祉法改正では、児童自立生活援助事業の対象要件や実施場所が緩和され、年齢制限がなくなりました。また、社会的養護自立支援拠点事業が開始され、社会的養護経験者などが相互の交流の場を提供、相談・助言などを行うことが盛り込まれました(こども家庭庁ウェブサイト「児童福祉法等の一部を改正する法律(令和4年法律第66号)の概要」〈p. 5〉参照)。
日本でも“カタチ”ができてきたわけですが、まだまだ上手に運用できているとは言えません。児童自立生活援助事業はその導入のために設備や雇用などを検討・準備中の施設が依然として多く、社会的養護自立支援拠点事業も実施できていない自治体が少なくありません。公的な支援や制度が行き届かないことを嘆いたり、批判したりするにとどまらず、認可する行政側も、厳格かつ詳細な手続きに寄りすぎず、まずは該当となる目の前の子どものために、必要な相談や準備などを少しずつでも共に進めていく意識・熱意が必要に感じます。
(2)児童自立支援施設のあり方再考
従来の“非行少年”が明らかに減少し、被虐待や自分自身の発達特性などを抱える子どもが増え、入所児童の様相が変わってきていることは明らかです。これまでの指導法や支援プログラムも変化していかなければならない時期に差しかかっていると思います。家庭(的)養育優先と言われますが、小舎夫婦制を維持している施設は少なくなってきたものの、日本の児童福祉最初期から家庭的養育に取り組んできた児童自立支援施設は、“古くて新しい”支援形態と言えるでしょう。
私の関わっている施設では、まだまだ一部の子どもにはなりますが、家庭復帰・復学を前に、一般の学校に慣れるために校区内学校へ登校してもらったり、施設外の学校やアルバイト先へ外出する際にスマホを使用して練習したり、家庭復帰後に施設内学校や心理療法のみ利用(通所)してもらったりなど、少しずつ新しい取組みを始めています。生活の枠組みの緩和、自治会活動の積極的導入、高校年代の受け入れ、退所児童や在宅児童の通所利用など、児童自立支援施設もなにか“新しいチャレンジ”が必要ではないでしょうか。
(3)カナダから見た日本の強み
最後に、カナダで出会った社会的養護経験者や支援者の言葉を紹介します。
お話を聞かせてもらった社会的養護経験者全員が「パーマネンシー(支援の永続性)が保障されていない」と口を揃えて訴えていました。2016年当時の調査(図1)では、社会的養護の場は里親委託が72%と高いのですが、今までの里親利用回数は「4回以上」が45%となっており、話してくれた一人はなんと数十回もの里親変更を経験していました。いわゆる“里親ドリフト”の問題です。また、ある支援者は、ケアワーカーも心理士も学校教諭も看護師も常駐してチームで取り組んでいる施設(児童自立支援施設や児童心理治療施設)が日本に存在することに、率直に羨ましさを述べていました。
措置変更があったとしても関係機関が連携しやすく、ハイニーズの子どもに多職種がチームで取り組めることは、日本の児童福祉の持つストレングスといえるのかもしれません。隙間のない支援で子どもたちの関係性や気持ちをつなぎ、さまざまな専門性からアプローチしていくことで、社会的養護における自立支援をこれからも高めていきたいと思います。

図1
Federation of BC Youth in Care Networks(2016)より一部抜粋(筆者翻訳)
・Federation of BC Youth in Care Networks(2016)“2016 YouthSpeak Report: The top issues facing BC’s youth in & from government care today” https://fbcyicn.ca/publications/(最終アクセス日:2025年8月24日)
・こども家庭庁(2022)「令和4年6月に成立した改正児童福祉法について」https://www.cfa.go.jp/policies/jidougyakutai/Revised-Child-Welfare-Act(最終アクセス日:2025年8月24日)
・公益財団法人資生堂子ども財団(2017)「第42回(2016年度)資生堂児童福祉海外研修報告書-カナダ児童福祉レポート-」
樋口 純一郎
関西大学大学院社会学研究科修了後、2003年より神戸市に入庁。 神戸市こども家庭センター(児童相談所)児童心理司、神戸市立若葉学園(児童自立支援施設)主任心理療法担当職員などを経て、現在神戸市こども家庭センター児童心理司SV。 兵庫県公認心理師会会長や日本子ども虐待防止学会編集委員などを務める。 公認心理師、臨床心理士。
子どもたちが希望をもって生きていける社会の実現を目指し、
資生堂子ども財団とともに子どもを支える仲間を探しています。