カナダへの学びが今、三重県の基礎にある ――施設・コミュニティで取り組む自立支援

執筆者

中野 智行

第27回(2000年度)カナダ研修団員 みどり自由学園(児童養護施設)施設長

目次

1.多文化に生きる子どもの支援――カナダ研修での学び

私は2000年の第27回資生堂児童福祉海外研修に参加させていただきました。
視察先はカナダのケベック州モントリオール、オンタリオ州トロントで、親と子、学校、施設、コミュニティがネットワーク化された自助・共助・公助による自立支援教育を学ぶことと、同じ法律の下での英語系と仏語系の同種の施設の差異を研究し、海外政策を日本が導入する際の留意点やアレンジの重要性を学ぶことが主なミッションでした。特に印象的だったのはケベック州モントリオールです。住民の45%が移民で占められているため、子どもが文化の異なる世界の中で生きていくことをどう調整し、マネジメントするかという文化的配慮が必要とされます。ケベック州モントリオールは多民族、多文化だからこそ、相手の文化を尊重し、自らの価値観を押しつけることなくかかわりを持つことが必要であり日常なのでしょう。例えば、視察先で聞いた話によると、イギリス人とギリシャ人の家庭の娘の自立を調査した研究では、イギリス人は「働いて自分でお金を管理し外出時間を守れる」「大人の存在があるないにかかわらず自分で物事を判断して行動している」。ギリシャ人は「料理ができ、年少の弟妹の世話ができる」「母親がいないときに家をきれいに保つことができる」という話を視察先で聞きました。
自立という言葉一つとっても、子どもの出身国によって意味合いや価値観が異なります。ケベック州における、現場で発生した困難な状況から課題点を洗い出しモデル化しプログラムを開発していくという行政の推進力や、プログラムを積極的に導入する現場の柔軟性には驚かされました。

2.三重県における自立支援の取組み

(1)みどり自由学園の自立支援について――食とアフターケアの重要性
カナダから戻って子どもへの支援のあり方に難しさを感じていました。カナダでは家庭主義に重きを置いており、集団養護における枠のある生活をしている子どもたちに少しでも家庭的な雰囲気のある支援ができないか取り組んできました。
具体的には2011年7月に国から社会的養護の課題と将来像が出され、児童養護施設の役割が多様化していく中、みどり自由学園においても子どもたちへの支援として、2013年度から3年かけて子どもたちの食に関することは生活単位で行うという方針を出しました。食はエネルギーの源、食を通して体も心も成長します。生きる糧である食について、家庭的な雰囲気で取り組む自立支援を目指しました。
まず、生活単位別で食材を発注する仕組みに改め、調理員が厨房を飛び出して、子どもの生活現場に分かれて調理をしに行きます。その調理する姿を目にして、子どもと生活支援を行う職員は、食事が準備されていく過程を知ります。そして、足りない調味料や食材などを子どもと一緒に買いに行くことを通じて、今まで調理したことがなかった現場職員も一緒になって食事の準備に加わります。一方で、調理員も宿直勤務でローテーションの一役を担うことで、どの職員も職種にかかわらず支援の難しい子どもに食を通じて寄り添い支援できるようになりました。子どもに伴奏して支援する力が身につき対応できるようになっていったのです。
2015年には、施設内の生活空間が小規模化され個別的なケアができる環境整備を完了させましたが、虐待を受けて心の傷を持つ児童が増えていく中で、あたりまえの生活を提供するだけでは、多様な価値観があふれた社会の中で卒園後生きていくための力を身につけさせることは難しいと感じるようになっていました。大切にされてきたという感覚が少ない子どもたちが施設で「あたりまえの生活支援を通じて自分が大切にされている」体験を積み重ね、卒園後も職員が気にかけて支援するアフターケアの仕組みも必要です。そこで、卒園生へ誕生日祝いのメッセージカードを送り、盆や正月にはみどり自由学園へ食事会に招くことを始めました。子ども期を思い出す温かいご飯、味噌汁、唐揚げ、ポテトサラダを職員が手作りし、在園児童とともに会食することで、卒園生は子ども期に過ごした頃を懐かしみ、継続的支援へとつながります。安心してゆっくりと過ごすことができる環境、命を保証する援助は「私たちはあなたを大切にしているよ」というメッセージとなります。こうした支援の繰り返しは、傷ついた子どもたちが成長する糧となっていることもあり、子どもたちの卒園後も自立支援を継続しています。

(2)三重県児童養護施設協会における自立支援の取組み
みどり自由学園の取組みを継続していく中で、2022年から自立支援担当職員加算が認められました。三重県内でも広まっていけばと考えていた頃に名古屋市自立支援担当者会議に出席する機会があり、こちらでヒントを得て、2024年から各施設の自立支援担当者をメンバーとし、自立支援に関わるNPO法人関係者を加え「自立支援部会」を立ち上げました。
初年度に取り組んだのは、各施設での自立支援について取組みを共有すること。そして、「おしごとマルシェ」(以下、「マルシェ」)と命名した社会的養育経験者である大学生や社会人の先輩の話を聞いて人生の生きるヒント(進路選択のヒント)を得るイベントの開催です。「マルシェ」では、在園児童は、進路選択に関して、日々生活支援を受ける職員の話にはなかなか素直に耳を傾けないのに、「同じ釜の飯を食った」先輩の言うことは驚くほど熱心に話を聞くことができます。これは、ケベック州における学びを活かしています。若者の多くは指導者や支援者である大人の言うことに否定的であっても、先輩の言うことは素直に聞くという実証実験に基づき、若者との精神的関係を作ることに焦点を当てた実践です。今、三重県が取り組み始めた自立支援のヒントが、25年も前のカナダにあったのです。

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モントリオール青少年センターの共通ロゴ

3.自立支援の取組みと今後の展望

2022年の改正児童福祉法成立に伴い、各都道府県で積極的に自立支援が推進され拠点事業所の設置が進んでいます。三重県では自立支援コーディネーターによる継続支援計画の策定は進みましたが、拠点づくりまでは展開できていません。しかし、2024年に社会的養育推進計画が見直され、今後この拠点づくりが事業化されることになりました。三重県児童養護施設協会(以下、三養協)としても「自立支援部会」が活動することで、各施設の自立支援の取組みが結集し始めています。「マルシェ」には、企画段階から参加する小規模多機能型事業所経営者、中小企業家同友会、信用保証協会なども加わり、社会的養護下の子どもたちの良き理解者になっています。三重県の特徴として、11の児童養護施設の自立支援担当職員がそれぞれの強みを活かし、自立支援拠点事業所と協働することで、県内のどこにいても良質な支援を社会的養護経験者に提供できるような体制を目指していきたいと思います。この取組みには他施設の自立支援担当職員が自施設の退所児童の支援に関与するため、県内施設の事例を通して支援力の向上も目指しています。三養協は、自立支援拠点事業所と、サテライトとなる各施設が緊密な連携を図り、自立支援を担当する職員集団の育成をシームレスに支えていきます。自立支援担当職員は社会的養護経験者が暮らす社会と接点を持ち、支援内容に幅を広げることで、自立支援の担い手として育成し、2026年4月に社会的養護自立支援拠点事業所が開設できるように準備を進めています。

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おしごとマルシェのチラシ

カナダで学んだ自立支援は、相手の文化を尊重し、自らの価値観を押しつけることなくかかわりを持つ姿勢です。子どもそれぞれの育ちや世界観の違いに伴う多様性をどう調整するかマネジメントすることです。まさに、これこそがこれから私たちが取り組む拠点づくりに必要なのです。海外研修に参加し、そこでの学びを社会的養護に関わる皆さんへ伝えることで、社会的養護を担う人材が、世界へ目を向けこれからの日本で取り組むヒントを得てきてほしいと願っています。

文献

中野 智行

1994年 佛教大学社会学部社会福祉学科卒業 1994年~ 社会福祉法人みどり自由学園 児童指導員 2011年~ 児童養護施設みどり自由学園 施設長 三重県児童養護施設協会長 けいわっこカレー食堂 代表

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