世界の子ども福祉~実践と未来~
第2回テーマ
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執筆者
国分 美希
第22回(1995年度)フィンランド・オランダ研修団員 至誠児童福祉研究所 所長
2024年4月より改正児童福祉法が施行され、社会的養護における自立支援や地域における子育て支援の拡充が重点的に盛り込まれました。社会的養護の現場において長年課題であった退所者の不安定な生活状況への支援策が大幅に拡充され、現場での対応が求められています。
私が働く社会福祉法人の3つの児童養護施設にも毎年何人もの幅広い年齢層の退所者が来園しています。結婚、出産、卒業、就職などの報告もあれば、生活に困窮し就労相談や借金、自身のルーツ探し、家族関係や子育て相談までさまざまです。困ったときの相談先として、嬉しいことがあったときの報告先として施設が存在しています。
「自分の力では変えられない施設で暮らす現実、背負って行かなければいけない困難の数々。誰かに代わってもらいたいけれど……自分の人生、自分で切り拓いていくしかない」当事者の面々が、そんな覚悟ができるような支援の現場でありたいと思っています。僭越ながら、児童養護施設で長く支援に携わってきた立場から、社会的養護で必要だと考える自立支援について述べさせていただきます。
(1)人権尊重の精神
1995年に第22回研修団員として、「子どもの最善の利益を考える」というテーマでフィンランド・オランダの研修に参加しました。当時の日本の児童福祉の基本的考え方は「子どもは弱い立場で、保護や支援の対象」というパターナリズム的考え方が優先されていました。一方、フィンランド・オランダの社会福祉の基本は、家族ではなく個人、お金持ちも貧しい人も、障がい者も失業者もみな平等、みな同じ権利、という考え方でした。豊かな人生を送る権利があるという人権の尊重に基づいた実践の現場は新鮮な驚きでした。子どもの福祉も両国共に「子どもの権利条約」を計画や施策の明確な基準とし、子どもの声を直接的、間接的に聴き、政策や制度に反映させる仕組みができていました。また、問題が起こる前に家庭を支える、早期発見・早期介入が基本、在宅支援を最優先し家族分離は最後の手段とする「予防的支援」の考え方は、子どもの最善の利益に通じています。さらに、問題を抱える親を否定せずに支え、子どもの安全を守るため一時的に親子を離すことがあっても、最終目標は家族関係が回復し、共に暮らせるようになることという考えの根底に、人間を尊重する姿勢がしっかり根づいていると感じました。特にフィンランドでは、特有の子ども家族支援機関である「ネウボラ(相談の場)」の保健師が、長く同じ地域を担当し、妊娠期から子育てまで同じ人が相談に乗っています。支援方法も指導でなく対話を重視していることから、母子からの信頼も高く、支援継続の要となっているという話は強く印象に残っています。30年も前の話ですが、両国で出会った方々の専門性の高さ、人間としての温かさに加え、人権尊重の精神が福祉の現場を支えていたことを経験し、自分の仕事の目標が明確になり現在につながっています。
(2)社会的養護の現場から見えてくること
社会的養護で生活する子どもは、2024年度末のこども家庭庁の統計によると約42,000人。全児童人口の約0.2%にも及ばないかもしれません。日本は1994年に子どもの権利条約に批准後、子どもの権利を守るために、児童福祉法の改正、児童虐待防止法の制定などさまざまな法改正や施策を積み重ねてきました。しかし、現代社会はIT技術の進歩で産業構造は変化し、労働環境により専門的なスキルや資格、効率化が求められ、格差社会は進み、生活に困窮する家庭や心身を病む人が増えました。そのしわ寄せにより、子どもの貧困や児童虐待が増加し、就労や自立に困難を感じる若者が多くなっています。逆境的な養育環境での育ちは子どもの心身の発達に深刻な影響を与えると言われていますが、社会生活へうまく適応している子どももいれば、自身の言動で傷つきを深めてしまう子どももいます。この違いはどこから生まれてくるのでしょうか、私たちはもっと知る努力が必要です。
2016年の改正児童福祉法で、1947年の制定以降、初めて理念・規定が見直されました。第1条を子どもの権利保障の理念として明確に位置づけ、子どもの意見表明や子どもの権利擁護についての仕組みづくりも進みました。社会的養育経験者の自立支援の強化も進められ、18歳成人の措置解除後、22歳まで支援継続を可能にする児童自立生活援助事業の強化や社会的養護自立支援事業が開始されました。さらに2024年の改正で22歳の年齢制限も撤廃されましたが、利用できる制度や施策について関係者だけでなく当事者への周知も十分とは言えず、現場での運用はまだ思うように進んでいません。SNSなどの活用や関係者の研修など、もっと当事者へ届ける取組みが必要です。
(3)インケアでの支援――子どもの選択を支える
若年層の妊娠・出産はどの時代にも見られますが、支援の有無によって人生を大きく左右されることがあります。特定妊婦など、子育て支援制度が充実してきている今、母子で安定した生活が維持できる支援につなげることを目指します。
①17歳で未婚の母を選択
中学生で当施設に措置変更されてきたA子は、高校2年時に妊娠していることがわかりました。その事実を担当職員に話したときには妊娠4か月で出産か中絶かの選択を迫られました。職員にとっても寝耳に水の出来事でしたが、本人の意向を確認しながら進めていくしかありません。病院受診後、彼女の体調を管理しつつ、施設の子どもには知られたくないという本人の意向を尊重しながら、児童相談所や親に報告。これまで学校や人間関係にうまく適応できていなかった彼女の様子から、話し合いができるか心配されましたが、思いのほか、しっかりわが事として受け止めており、児童相談所との数度の面談にもきちんと向き合いました。現状で施設や関係機関ができる支援策や懸念されることを説明し、彼女の考えを待ちながら話し合いを重ねました。結果、「中絶はしない。助けてもらいながら育てたい」と施設を出て出産・ひとり親での子育てを選択しました。以前より交流を拒否していた親にも「施設と相談しながら育てていく」とはっきり自分の選択を伝えました。誰とでも付き合えるタイプではないA子でしたが、地域の特定妊婦の支援制度や保健師、母子保健のソーシャルワーカーの適切な支援を得て、婦人保護施設、母子生活支援施設も利用しながら高卒資格を取得、その後は自立してしっかり子育てをしています。母子で転居を希望したときには、母子保健のソーシャルワーカーが転居地の支援機関につなぎ、その後も施設だけでなく地域の母子保健機関とのつながりが続いています。
②決断を後押ししたもの
A子の決断力や生活力が育まれた背景には、前施設での愛情を実感できる養育や彼女の能力を活かせる生活スキルの習得、施設入所の経緯や家族の状況に関する子どもの年齢に応じた説明がありました。当施設に措置変更後も継続して親の状況を伝えてきたことが、安易に親に依存しない選択につながりました。でき得る限り大人の考えを伝え、A子の意向を確認し、互いに折り合うまで話し合いの場を重ね、自分で考えて決める支援を大事にしてきました。対話を繰り返すことは自分の気持ちや考えを言葉にすることを可能にしていきます。A子の選択に驚いた職員に対し「だって自分がしたことだから自分で決めるしかないでしょ!」と答えたA子。頼るべきところは頼り、他人に依存しすぎない、誇りは見失わず、自分の人生を受け止める覚悟を感じさせる答えでした。しかし、頼るべき家族を持たず、社会体験の乏しい17歳の少女の選択には、子育てで起こり得る困難を支える人や機関が必要です。支援者の私たちに求められたのは支援継続の覚悟であり、将来彼女が選択を悔やまないためにも、彼女が相談できる場を増やしていくことに尽力しました。
A子の支援を進めるうえで、支援機関・支援者同士が互いの専門性を共有し、利用者の現状や将来の生活を想定して支援方法の話し合いを重ね、利用者が複数の選択肢から選べること、利用者にわかる言葉で説明すること、利用者本人の意向に沿った支援を大事にしました。これはフィンランドのネウボラ保健師による、一方的な指導ではなく対話での対等な支援から学んだことです。特に、尊重された人生を歩んでこなかった人たちには、専門職とはいえ、問題や課題を指導するというスタンスの支援は拒否を招きやすく、同じ生活者目線、利用者目線での相談関係を築けないと次の訪問にはつながりません。さらに必要な支援が届かず、問題をより難しくしてしまう結果にもなりかねません。
支援者として、人が援助を受けざるを得ないときに抱く痛みに気づけるか、人の尊厳やレジリエンス、潜在可能性に敏感でありたいと思います。
(4)アフターケアでの支援――対話の継続
子どもの支援に長く関わる中で、問題をたくさんぶつけてくる子どもは、手を差し伸べやすく、自立後の支援も続きます。むしろ心配なのは、家族の問題に翻弄され苦しそうに見えても「うん、大丈夫だよ」と怒りや弱音を吐くことなく、頑張って自分の夢や進路を実現して自立していく青年です。その後、音信が途絶えたり、困難な生活に陥っているとの知らせが届くこともあり、すべての子どもたちの支援がうまくいくわけではありませんが、何か支援のヒントをもらえないかと、気になる青年の一人から話を聞いたことがあります。
今回、話を聞かせてもらった青年は、中学生で施設に入所し、好きな美術に熱中。複数の給付型の奨学金をもらって希望の大学に進学。1年間の措置延長後、居住費支援を利用して自立。就活間近の大学生です。改めて、施設の生活を聞くと「職員の言動や子どもによって対応が違うこと、他人同士で暮らす気遣いなど、嫌なこともあったけど、衣食住の心配もなく、安心して、好きなことをやって暮らせていたなと思う。いろんな大人と関われたし、みんな精神的に安定していて自分が不安なとき、さり気なく、傍にいたり、話を聞いてくれたりもした。些細なことで喧嘩したときも、お互い納得するまで話し合ってくれ、大事に思ってくれていることが伝わってきて、今でもその人は頼りにしている。初めてみんなでいった岩手の旅行は星を見たり、地元の人と一緒に歌ったり踊ったり、すごく楽しかった。里親体験で行った農家の人とは今でも行き来している。いろんな体験ができて、家族に対する価値観も変わったかな」と穏やかな顔で話します。入所中は多くを語らなかった(精神的に不安定な)家族のことを尋ねると「心配なことはいろいろあるけど、(家族のことを)考えると心がザワザワしてくる」と顔が曇ります。一人で抱えず、いつでも相談にくればいいと伝えました。施設で生活していたことは、気を遣われるので友人には伝えていないとのこと。また、進学後、すぐに周囲の心配を押し切って短期間の海外留学に行ったことについて聞くと「お金もあったし、施設にいるうちに行ったほうが安心だったから。今思うと言葉もよくわからないのに異文化で一人でよくやったね。でも普通の暮らしは同じなんだよね」との返答。自分の心の葛藤を誰かに伝えるには、それ相応の時間と安心できる人の存在が必要です。新たな大学生活が始まり、自分の心を解放する時間と環境が青年には必要だったのかもしれません。最後に、自立に必要な支援とは?という質問には、「生活スキルだけでなく、地域の中にも相談できる人や場所を増やすこと、心の安定のために精神的なサポートをして欲しい」とSOSらしき発信がありました。自立後も働きかけていくことで、抱えている葛藤をいつか、誰かに吐き出せるきっかけになるかもしれないと思える時間でした。

施設のみんなとの旅行の思い出
(5)専門性と多職種連携
親を頼れず孤立する若者を支援している民間団体の方が、「彼らには『居場所』『住まい』『仕事』の3つの支援が必要だが、自立に必要な「生きる意欲」がない。人とつながることを諦めている」と言われたことがあります。
従来の施設の自立支援は、「基本的な生活の確立」「社会的スキルの獲得」「金銭管理の意識づけ」、礼儀作法などの「対人関係のスキル」を身につけることが優先されてきたように思います。もちろん、社会生活を営むためには必要なことですが、子どもが主体的に身につけたいと思う時期と合致しているかを考えることは必要です。子どもにも「なりたい自分」「体験したいこと」「知りたいこと」がたくさんあるはずです。大人が考える尺度ではなく、当事者の子どもの声や意向を聴き、何を優先するかを一緒に考えていくことは、これからの自分の人生を少しずつ考えるきっかけになっていきます。また、子どもたちは、自分が施設で生活しなければならない理由、親が虐待した理由、家庭に戻れるのかなどを自問自答するときがあると言います。しかし、それは自分の存在意義にも関わることで、口にするのは勇気がいります。誰に相談し、誰が一緒に考えてくれるのかも迷うからです。この不条理な人生をどのように自分の胸の中に納めるかはアイデンティティ形成に大きく影響します。子どもの声を聴き、対話を重ねる営みから、人とのつながりが広がり、心にある傷を誰かと共に手当てしていく。そんな時間の積み重ねが退所後も相談したい場につながるのだと思います。
当事者への支援は、一つの点が大きな輪に広がっていくことが安心感につながると思います。最後に、長年、社会的養護の現場でご指導くださった心理臨床家の村瀬嘉代子氏が、子どもの福祉に関わる専門職のあり方、人の尊厳を尊重するとはどのようなことかを述べられている一文を紹介致します。
人が精神的に成長するためには、質の良い協力と必要な時に必要なサポートが得られる環境があることが望ましい。本当に質の良い協力とは全体で呼応し合う、仮に自分が表に出なくても、他者の言動を必要に応じてフォローし支える。現実の課題に即応しようとして専門性が分化・発展してきたことは望ましいが、個別の専門性に力点を置きすぎると全体のまとまりが損なわれることになりやすい。オーケストラの一員が自分のパートだけを暗譜して自分一人が際立つ演奏を目指すのではなく、曲全体を理解し、総譜の中の一部を担う自分の役割をしっかり自覚し、協働、協調を念頭に、積み重ねてきた力を発揮することにより、人の心に届く演奏になることとよく似ている。チームとは一人の優秀な演奏者がいても良い音にはならない。養育に携わる職員は、どのような相手にしても「人を人として遇する」気持ちを基本として持ち、自分自身も子どもとともに成長したいと願いながら、知性、感性、社会性の程よいバランスを保てるよう、ジェネラルアーツを豊かにする努力を惜しまないことが望まれる。(全養協〈2023〉より抜粋)
・一般社団法人日本子ども虐対防止学会(2019)『子どもの虐待とネグレクト』第20巻第3号
・公益財団法人資性堂社会福祉事業財団(1996)「第22回(1995年度)資性堂児童福祉海外研修報告書-フィンランド・オランダ-」
・公益財団法人資性堂社会福祉事業財団(2014)「第39回(2013年度)資性堂児童福祉海外研修報告書-フィンランド・オランダ-」
・公益財団法人資性堂社会福祉事業財団(2022)「特集『子どものウェルビーイング』を育む社会を目指して」『世界の児童と母性』第92号
・村瀬嘉代子(2018)『ジェネラリストとしての心理臨床家-クライエントと大切な事実をどう分かち合うか-』金剛出版
・社会福祉法人全国社会福祉協議会全国児童養護施設協議会(2021)「この子を受けとめて、育むために【エピソード編】-子どもの声に耳をすませて-」
・社会福祉法人全国社会福祉協議会全国児童養護施設協議会(2023)「この子を受けとめて、育むために【多職種連携編】-思いやりの輪の中で子どもを育む-」
・社会福祉法人全国社会福祉協議会(2025)『月刊福祉』(2025年5月号)
国分 美希
津田塾大学学芸学部国際関係学科卒業、学生のときに友人に誘われ児童養護施設の学習ボランティアを体験。それが縁で、社会福祉法人至誠学舎立川 児童養護施設 至誠学園に児童指導員として就職。途中、社会人入学で大正大学大学院人間学研究科福祉・臨床心理学博士課程修了 2013年~ 同法人 児童養護施設 至誠大空の家 施設長 2024年4月~現在 同法人児童事業本部 児童福祉研究所所長
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