フィンランドに学ぶ「切れ目のない早期支援」と児童家庭支援センターの実践

執筆者

小松 卓也

第39回(2013年度)フィンランド・オランダ研修団員 児童家庭支援センターつつじ 地域コーディネーター

本号のテーマについて

日本型早期支援を考える

児童福祉が「事後対応」から「予防・早期支援」へと大きく転換する今、海外研修の訪問国における先進事例と日本の現状を照らし合わせます。「早期支援」の理念や各国の多様な支援スタイルを紐解きながら、日本型早期支援モデルのあり方や、行政・民間・多職種が一体となる地域連携の可能性について、多角的な視点から議論を深めます。

目次

1.はじめに

私は2013年、第39回資生堂児童福祉海外研修に参加し、フィンランドの子育て支援制度である「ネウボラ」を視察する機会をいただきました。そこで学んだ「切れ目のない早期支援」の理念は、その後の児童家庭支援センターでの実践に大きな影響を与えています。本稿では、ネウボラで得た学びと「児童家庭支援センターつつじ」での実践を通して、これからの地域における子ども家庭支援のあり方について考えます。

2.ネウボラに学んだ「切れ目のない早期支援」

フィンランドのネウボラは、妊娠期から子どもが就学するまで、母子だけでなく家族全体を継続して支える伴走型の家庭支援制度です。全国すべての自治体に設置され(視察時は小学校区に1か所程度設置)、誰もが無料で利用できる基礎的なサービスとして定着しています。ネウボラでは、基本的にひとりの保健師が妊娠期から就学前まで継続して同じ家庭を担当します。長期にわたり関わることで家族との信頼関係が築かれ、課題の早期発見・早期介入が可能となり虐待の予防や家族分離の回避にもつながっています。

また、ネウボラでは母子の健康だけではなく、育児や夫婦関係の悩み、生活上の不安など、家族の困りごとを一貫して対応しています。必要に応じて医師や心理職、ソーシャルワーカーなどの多職種が連携し、一つの機関だけで抱え込まず家族を地域全体で支える体制が整っています。保健師も複数名在籍しており、利用者との関係性が不調をきたした場合でも対応可能だと感じました。フィンランドの国民は、ネウボラからの支援を受けることへの抵抗感が少なく、ほとんどすべての家庭が自然に利用しています。健診の受診が出産一時金の支給要件*となっていることや、「子育ては家庭だけでなく社会全体で支えるもの」という考え方が国民に浸透していることも大きな要因です。視察の際、「フィンランド人の働き方・職場の常識」について尋ねたところ、勤務中にネウボラ(妊産婦検診や保健指導など)を利用することは、当たり前の権利として認知されていると保健師さんからうかがいました。

私がネウボラから学んだ最も大きなことは、支援とは問題が起きてから対応するものではなく、困りごとが大きくなる前から家族に寄り添い、信頼関係を築きながら伴走することが大切だということです。後に紹介する事例(A君の実践)では、ネウボラの仕組みのような支援体制を児童家庭支援センターを含む支援チームが伴走者としてA君に寄り添い、地域を巻き込んだ支援へと発展してきました。

3.A君の実践――本人の思いを支援の出発点に

(プライバシーに配慮し、個人が特定されないよう一部の情報を差し替えて記載しています)

児童家庭支援センターつつじで出会ったA君は、高校2年生でASD(自閉スペクトラム症)と診断され、不登校やひきこもりの状態が長期に続いていました。父親と、認知症が進行した祖母との3人暮らしで、その家庭は要保護児童対策地域協議会の対象家庭でもありました。祖母の認知症が進むにつれて生活環境は悪化し、自宅の大半が猫の糞尿で汚れ、不衛生な状態が続いていました。また、昼夜逆転の生活やコミュニケーションの難しさ、経済的な問題など、複数の課題を抱えており、家族だけで状況を改善することは困難な状態でした。転機となったのは、A君が精神科病院へ入院したことでした。病院で清潔な生活環境を経験したA君は、退院後に「自分の部屋を片づけて、きれいな家で暮らしたい」と話してくれました。この言葉は、支援者が考えた目標ではなく、A君自身が初めて自分の意思として表現した願いでした。私たちは、この思いを支援の出発点にすることが最も大切だと考えました。支援者が一方的に目標を決めるのではなく、本人が「こうしたい」と思える気持ちを尊重し、その実現に向けて地域の力をつないでいくことが、ネウボラで学んだ「本人・家族中心の支援」の考え方につながると感じたからです。

A君の思いを受け、町村の子ども課、社会福祉協議会、学校、障がい者の自立訓練事業所、民生児童委員、商工会議所、地域ボランティアなどに協力を依頼し、それぞれが役割を持ちながら「チームA君」として支援を進めました。地域住民やボランティアとともに部屋の片づけを行い、社会福祉協議会からはベッドの提供を受けるなどして、生活環境は少しずつ改善していきました。

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A君と学校の先生が廃タイヤからアルミホイールを取り外す作業の様子

環境が整うにつれて、A君の表情や言葉にも変化が見られるようになりました。「部屋を片づけたい」という願いは、やがて「働いて収入を得たい」という新たな目標へと発展していきました。まずは自宅に眠っていた農機具などの鉄くず集めを行い、そこで得た収入で父と食べる夕飯の食材を購入しました。A君にとって「チームA君」のメンバーと過ごす時間が安心となり活動へ意欲につながっていきました。自宅の片づけが一段落すると、社会福祉協議会の職員さんが顔なじみの地域住民に相談してくれ、健康福祉センターの片づけや地域住民から提供されたビニールハウスの鉄枠の回収、さらに元左官店の工場の片づけなど活動の場を広げ、就労へ向け経験を積み重ねていきました。A君の成長に伴い、チームA君のメンバーの役割も変化していきました。町村の子ども課や社会福祉協議会は、顔なじみの地域住民に相談し新たなA君の活動の場(鉄くず集めの場所)を探してくれ、作業時には、社会福祉協議会・○○町(村)と書かれた車で鉄くずの回収を行ってくれました。社会福祉協議会や行政の車が現場で一緒に作業を行うことで、不審者に間違えられず逆に温かく迎えられ、効率よく作業が行えました。学校の先生は、卒業後の進路先になる障がい者の自立訓練事業所の職員と一緒に参加してくれ、将来A君が少しでもなじめるように引き継ぎを兼ねて参加してくれました。民生委員やボランティアさんも、引き続きA君の話し相手となり関わってくれました。児童家庭支援センターは、チームA君全体のコーディネーターとして機能し作業に参加しました。

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左官店の建物を片づけた際に分別した鉄くずを売りに行くときの様子

この支援を振り返ると、フィンランドのネウボラの考え方と多くの共通点がありました。ネウボラでは本人や家族の思いを尊重し、小さな変化を積み重ねながら伴走し家族が持つ力を引き出していきます。小さな町村ならではの顔が見える人同士の継続的な支援が自然に展開され、A君を幼い頃から知る支援者の存在が支援の継続に大きな役割を果たしました。支援者の考えを押しつけることはせず、支援者一人ひとりが「片づけたい」という本人の言葉を出発点にしました。その小さな一歩を地域全体で支えたことで新たな目標が生まれ、生活の再建から就労へとつながり、彼と家族を支える新たなコミュニティが誕生しました。

4.おわりに

日本では、ネウボラのようにひとりの担当者が長期間家族に寄り添う仕組みはありません。しかし、行政、学校、福祉、医療機関、地域住民などが互いに情報を共有し、それぞれの役割を果たしながら本人を中心に支援をつないでいくことで、「切れ目のない早期支援」は実現できると感じています。

私はこの実践を通して、支援とは課題を解決することだけではなく、本人が本来持っている力を信じ、その力を地域全体で支えながら引き出していくことだと学びました。そして、この実践は、フィンランドで学んだ「切れ目のない早期支援」の理念を、日本の地域の中で形にすることができた一つの実践であったと考えています。

注・文献

【注】
* 出産一時金(Maternity Grant)は、妊娠届の提出後に支給される出産前の一時給付で、育児パッケージ(約50点からなる育児用品セット)または現金給付(210ユーロ)のいずれかを選択できる。

【文献】
・髙橋睦子(2017)「フィンランドのネウボラ-子育て家族にとって一貫性・整合性のある支援に向けて-」『国際文化研修』第95巻
・公益財団法人資生堂社会福祉事業財団(2014)「第39回(2013年度)資生堂児童福祉海外研修報告書(フィンランド・オランダ)」

小松 卓也

児童養護施設慈恵園に保育士として勤務後、日本福祉大学福祉経営学部・医療・福祉マネジメント学科卒業。障害者支援施設高森荘にて生活支援員として勤務後、児童家庭支援センターつつじに相談支援担当職員として勤務し、現在、児童家庭支援センターつつじ地域コーディネーター(社会福祉士)。

2026.10.01

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