変わらないものへの尊重と変わっていくことへの責任を

執筆者

阪本 博美

第48回(2023年度)ニュージーランド研修団員 つつじが丘学園(児童養護施設) 自立支援担当職員

目次

1.はじめに

私は2023年、第48回資生堂児童福祉海外研修のニュージーランドへの視察に参加させていただきました。そこでは「ルーツを大切にする価値」について学びました。
視察後この2年弱の期間は、その学びを得たからこそ、今までのケースワークのあり方や自立支援担当職員としての自分の支援に自問自答しながら歩んでおりました。長期間止まっていた親子関係の歯車を退所前に急に稼働させ、うまく噛み合わずに親子が傷ついてしまったケース。施設入所とともに友人や親族などとの関係が希薄になり、退所後に本人が頼れる私的関係がなく精神的に孤立したケース。私たちは近視眼的にインケアに没入し、彼らのルーツ(過去)に着目せずリービングケアに進んでいった結果、彼らのアイデンティティや彼らを支えるキーパーソンを活かしきれないまま彼らを社会に送り出してしまっていることに気がつきました。

2.ニュージーランドの児童福祉の変遷

ニュージーランドは、マオリ(先住民族)がパケハ(ヨーロッパ系白人)によって迫害された歴史を持ちます。社会的養護は里親が主流でしたが施設入所児童も少数おり、1940年代にマオリの家庭に国が関わるようになって以降、1960年代から1980年初頭にかけて施設数がやや増加しました。入所児童の多くがマオリでしたが、施設で子どもを養育するのはパケハであることが多く、マオリの子どもたちのニーズに応えることができない状況が人権委員会により明らかにされたことから、施設の多くが閉鎖されていきました。
1989年に制定された子ども若者家族法において、子どもをファミリーグループの中にとどめるために実家族へのケアが重視されました。オランガタマリキ(子ども省)は、「全ての子どもが、拡大家族(ファナウ)、一族・サブ部族(ハプゥ)、部族(イウィ)によって安全に愛され、育てられ、コミュニティによって支えられる」を基本理念として掲げています。

3.トランジションサポートサービス(TSS)

ニュージーランドで私たちは複数の視察先NGOから、トランジションサポートサービス(TSS)に力を入れているという話を聞きました。TSSは、2019年に議会がオランガタマリキに対して4年間で1億5379ドル(NZ$)もの予算を投じて開始された自立移行支援サービスです。社会的養護経験者は21歳まで、里親のもとで生活できる権利や、専門家から自立に向けた直接的支援を受けられることが明示されました。また25歳までホットラインに相談をすることができます。これはオランガタマリキの責務であり、各地域のNGOに業務委託されています。
2019年7月から4年間の実践についての評価レポートが報告されており、とても興味深い内容です。以下にそのレポートの一部を紹介します。

(1)若者の声
3か月以上継続して社会的養護又は少年司法制度の下にいたことのある、もしくは現在いる15~25歳の若者に対して、トランジションサポートワーカー(TSW)が紹介されます。2023年度調査で聞き取りをしたTSWの紹介を受けた若者442人のうち85%が、TSWが彼らの状況を改善するのに役立ったと答えました。また84%が「TSWが生活の1つ以上の側面で助けてくれた」と答えており、具体的に若者が手助けを受けた側面は、実生活で必要に迫られた困りごとだけでなく、「拡大家族(ファナウ)とつながる手助け」にも31%の回答がありました(図1)。

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図1 若者がTSWから手助けを受けた側面(筆者作成)

(2)TSWの役割とTSSの流れ
TSSを行うのはオランガタマリキと契約している全国各地のさまざまなNGOおよび部族(イウィ)組織のTSWです。農村部などで契約組織が見つからない場合には、オランガタマリキのスタッフが担うこともあります。TSWは、若者が自身の望むことについて発言権を持つことを応援し、自立するために必要なアドバイスや支援(居所の確保、健康とトラウマからの回復、生活スキル向上、就学・就業・職業訓練・ボランティア活動……)にアクセスできるようにします。また、若者が拡大家族(ファナウ)や他の信頼できる大人とポジティブな関係を築けるよう支援することも重要な役割の一つです。
以下に、若者がTSSを受ける流れをご紹介します。

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図2 トランジションサポートサービス(TSS)の流れ(筆者作成)

(3)TSSを受けた若者の成果と彼らが抱く困難
TSSを19歳までに紹介されTSWにつながった若者は、同様の支援ニーズを持つ他の若者と比較すると、犯罪率の低さや入院や公的給付金受給の可能性の低さが報告されています。また、免許取得者の割合の高さや所得の多さも報告されています。
一方でレポートには、社会的養護の制度から離れる若者は、ほかの(社会的養護を受けた経験のない)若者よりも多くの課題に直面していると記されています。彼らは金銭的余裕がない家庭で暮らしている場合が多く、また彼らが受けた過去のトラウマは、メンタルヘルスやウェルビーイングの課題に表出します。LGBTQ+当事者として自認する若者や障がいのある若者はさらなる課題に直面します。

4.ケアリーバーを社会全体で長期的に支えるために

TSWのサポートに、実際に社会生活を送るうえで必要に迫られた困りごとが多かったように(図1)、若者が社会的養護から離れた後に身近で受けられる、ごく日常的なサポートの必要性が高いと考えられます。その意味では、わが国で充実が図られている社会的養護自立支援拠点事業の存在意義は大きく、拠点が増え多くの若者がより身近にサポートを受けられる体制が求められます。
ニュージーランドのTSSで大切にされていたポイントは、TSWと若者との関係構築やアセスメントに対する深さや時間のかけ方、そして若者が拡大家族(ファナウ)や信頼できるコミュニティとのつながりを構築するための支援でした。若者のルーツに対する尊厳と価値を、若者を手助けする大人たちが大切に持ち続けています。そのうえで、その大人たちが増えたり代わっていったりすることの強み(専門性の高さや新たな出会いの獲得など)を強化したシステムがあるとともに、支援が途切れないことを大切にしている姿勢がありました。そしてその時間軸を可能にし、ニュージーランドでケアリーバーを社会全体で長期的に支えるべく起点となったものは、事業を保障するNGOの存在や政策でした。

5.「私たちはいつまでもその子の養育者ではない」ということ

 ニュージーランドでの視察先の一つ、ヴォイス‐ファカロンゴマイというアドボカシー機関で働く、自身がケアリーバーであるシドニーさんはこう話されました。「誰でも子どもの成長を手助けすることはできるけれど、その子のルーツと文化が大切にされるようにしなければなりません。なぜなら子どもがケアから離れた後、彼らはもうその子の養育者ではないからです」。
ニュージーランドで「ファナウ」と言い大切にされている「拡大家族」の概念は、血縁関係だけでなく精神・社会・文化的つながりを含んだ意味合いを持ちます。人ひとりのアイデンティティそのものに通じる概念であり、これはその人の今までを知らない誰かによって覆されるものではありません。
畠山(2023)は、「子ども自身が大切に思う場所、ひと、世界を大切にするということが、子どもたち一人ひとりの『パーマネンシー』保障のもとにあるべきである」と述べています(p. 29)。これは、ニュージーランドでの学びを私の実践につなげる一助となった一文です。
私はニュージーランドでの学びを契機に、それまでの自身の実践のつまずきに気がつき、目の前の実践への視点を変えることができました。子ども若者のルーツに対する尊厳と価値をいかなる時点でも大切に捉え、過去から未来へと彼らのアイデンティティをつなぐこと、託すことをし続ける私でありたいと思います。

文献

・ Apatov, E. (2024) “Transition Support Service: Early outcomes findings for the first cohorts”, Wellington, New Zealand: Oranga Tamariki?Ministry for Children https://www.orangatamariki.govt.nz/assets/Uploads/About-us/Research/Latest-research/Transition-Support-Service-four-year-evaluation/TSS-outcomes-analysis-IV.pdf(最終アクセス日2025年8月29日)
・Beehive.govt.nz (2019) “New service for young people leaving care”, 26 May 2019 https://www.beehive.govt.nz/release/new-service-young-people-leaving-care(最終アクセス日:2025年9月9日)
・畠山由佳子・福井充(2023)『パーマネンシーをめざす子ども家庭支援-共通理念に基づくケースマネジメントとそれぞれの役割-』岩崎学術出版社
公益財団法人資生堂子ども財団(2024)「第48回(2023年度)資生堂児童福祉海外研修報告書-ニュージーランド児童福祉レポート-」
・ORANGA TAMARIKI (Ministry for Children) (2023) Just-Sayin-23-report.pdf https://www.ot.govt.nz/assets/Uploads/About-us/Research/Latest-research/Transition-Support-Service-four-year-evaluation/Just-Sayin-23-report.pdf(最終アクセス日:2025年9月11日)
・ORANGA TAMARIKI (Ministry for Children) (2023) “Summary report: Transition Support Service evaluation findings2022” https://www.ot.govt.nz/assets/Uploads/About-us/Research/Latest-research/Transition-Support-Service-evaluation-2022/TSS-Malatest-report.pdf(最終アクセス日2025年8月21日)
・ORANGA TAMARIKI (Ministry for Children) (2024) “Transition Support Service Final evaluation synthesis” https://www.orangatamariki.govt.nz/assets/Uploads/About-us/Research/Research-seminars/June-2024-seminar/Transition-Support-Service-four-year-evaluation-seminar-slides.pdf(最終アクセス日:2025年8月21日)
・ORANGA TAMARIKI (Ministry for Children) (2023) “The four-year evaluation of Oranga Tamariki Transition Support Service To 30 June 2023” https://www.orangatamariki.govt.nz/assets/Uploads/About-us/Research/Latest-research/Transition-Support-Service-four-year-evaluation/TSS-Evaluation-report.pdf(最終アクセス日:2025年9月9日)

阪本 博美

2009年 信州大学教育学部学校教育教員養成課程教育実践科学専攻卒業 同年 長野県内小学校にて講師(外国籍児童等支援員) 2010年 社会福祉法人つるみね福祉会 児童養護施設つつじが丘学園 児童指導員 2023年 同施設 自立支援担当職員

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