世界の子ども福祉~実践と未来~
第2回テーマ
「」

執筆者
河尻 恵
第30回(2004年度)カナダ研修団員 第48回(2023年度)ニュージーランド研修団長 日本福祉大学福祉経営学部 教授
「自立支援」というテーマは、これまでに何度となく取り上げられ、特集が組まれたり議論がなされたりしてきました。その度に、そもそも「自立とは」「自立支援とは」といった概念・解釈の定義や、支援の範囲について、狭義または広義に論じられてきました。例えば自立といっても社会的自立、精神的自立、経済的自立など各種の自立に分けることができますし、自立支援については、社会的養護を巣立った後のアフターケアに限定して捉えることもあれば、その前のリービングケアからアフターケアの範囲で捉えたり、社会的養護そのものが自立支援であるという広い解釈で考えられたりすることもあります。
この企画のまとめにあたっては、「シームレス」な自立支援をテーマとしていることや、報告者の方々が各国の取組み状況をもとに、それぞれの視点でレポートされていることに鑑み、それらの概念や範囲を限定せず、各レポートの中で注目したポイントについて考え、それらをもとに日本の自立支援の現状や課題、さらに今後の期待などについて述べたいと思います。
社会的養護は、「被害者」または「弱者」である子どもが不適切な環境から守られ、適切に養育されることを保障するシステムといってよいでしょう。こども家庭庁は社会的養護について「保護者のない児童や、保護者に監護させることが適当でない児童を、公的責任で社会的に養育し、保護するとともに、養育に大きな困難を抱える家庭への支援を行うことです」としていますが、ここでは子どもの自立支援について触れているわけではなく、子どもの保護および保護中の養育がその目的の中心となっていると解釈することができます。一方、社会的養護施設の目的の中にはアフターケアが含まれており、これまでに、自立支援のための職員配置や、自立援助ホームなどの体制整備、社会的養護経験者に対する支援の整備など、自立支援に関するさまざまな施策が進められてきました。
このような中、あらためて権利擁護の観点で日本の自立支援を見ると、国分氏がフィンランドやオランダで驚きを感じた、子どもも含めたすべての個人に対し「豊かな人生を送る権利がある」という人権の尊重と最善の利益の保障の考えをもとにした政策への反映は、日本の権利擁護の考え方と一線を画していると感じます。
子どもを一個人の権利主体として尊重する姿勢は、子どもと大人を必要以上に区別化することなく、「豊かな人生」を送るための連続的・継続的な視点で子どもや親、そして家庭への支援のあり方を捉えていると考えます。子どもを「保護する」「必要に応じて支援を行う」という受動的かつ支援者主体の視点ではなく、「(個々の子どもが)支援を受ける権利を持つ」という子ども主体の考えをもとに、それを保障するための制度があるという国のスタンスは、子どもを「受ける」側として捉えがちな日本の権利擁護のあり方に大きな刺激を与えるものです。樋口氏がカナダから影響を受け、子どもが自分の考えを表現するグループワークとして取り組んでいる「主体性の育み」は、社会的養護のみならず子どもの主体性を尊重する実践として、とても意味のある自立支援の取組みといえます。
また、自立支援の目的は社会的養護を巣立ち社会に出た後の自立に限ることではなく、本来であれば社会的養護に来ることがないよう早期に家庭を支援すること、また社会的養護を利用する場合にも家族の再統合を前提としたソーシャルワークを優先し、子どもが家族の支えの中で自立へのステップを踏みながら、自らのウェルビーイングにつなげていくことが望ましいといえます。しかしながら、国分氏や佐藤氏が学んだ各国において取り組んでいた「早期の予防的支援」と比べたとき、日本はどうでしょう。児童福祉法改正(2016年)により、いわゆる「家庭養育優先の原則」が規定され「児童が家庭において心身ともに健やかに養育されるよう、児童の保護者を支援しなければならない」(児童福祉法第3条の2から抜粋)こととされましたが、昨今は家庭養育の脆弱化が指摘され、家庭に対する早期の予防的支援の充実が急務と言われています。これらの問題の影響を受けるのは、いずれひとりで自立を迫られるかもしれない子どもであることを忘れてはいけないと感じます。
社会的養護の子どもはさまざまなハンデキャップを背負っており、将来の自立を見据えたときに、それらを埋めるための生活・経験・ケア・教育・治療など支援の積み重ねが必要となります。
特に施設の生活では、中野氏が着目した食事をはじめとして、家庭生活で普通に身についていく当たり前のことがこぼれ落ちていくことがあります。退所後の子どもの姿は施設での生活や支援に対する評価、成果の表れでもあり、施設養育の課題に対する「子どもの声」とも受け取れます。国分氏が退所者の声を聴いたように、改善すべき課題を踏まえ、施設の生活や体験が退所後の子どもの生活に結びつくよう、双方を重ね合わせる支援や生活の構築が必要といえるでしょう。中野氏がカナダでの学びをもとに施設で行っている「おしごとマルシェ」のように、社会的養護の先輩との交流や、経営者や企業と協働した支援は、施設生活と自立後の生活の垣根を取り払う実践的取組みといえます。近年はソーシャルスキルトレーニングを始め、さまざまな体験型の支援などが実践されていますが、より現実的かつ具体的な支援が求められます。
また、社会的養護の多くの子どもが虐待などの影響や、十分に愛情を受けることができなかったことなどにより何らかの傷を負っています。佐藤氏がイギリスの治療的総合支援から学んだことを実践に応用している通り、インケアにおいて必要な医療的・心理的ケアや教育、さらには子どもの声を「聴く」ための意見表明支援などを行うことは、退所者が社会に出てから苦しむことがないよう、自立前に行うべき予防的支援といえます。日本には特別なニーズを持つ子どもの支援を行う施設として、児童心理治療施設や児童自立支援施設がありますが、里親家庭も含め社会的養護のすべての子どもに対して、佐藤氏がみた治療的総合支援施設の実践のように一人ひとりの子どものニーズを捉え、自立に向けて専門的な支援を個々に展開する体制の構築を今後一層進めていく必要があります。
社会的養護を出てさらに成人を迎えると、児童相談所や市町村とのかかわりが限定される(下記※に述べる2022年児童福祉法改正前)など、子どもを対象に行われていた支援や、居場所、相談できる場や人などが失われます。また、「子ども」ではなくなると同時に「大人」としての責任や、自活、自立といったことが突きつけられることになります。
社会的養護を出た後の支援、特に成人後の支援について、樋口氏のカナダのレポートを見ると、少なくともこれまで日本の支援体制はまだまだ十分ではなかったと感じます。
海外を見ると、多くの国に「若者(ユース)」というカテゴリーがあり、成人していてもなお支援ニーズがある場合は社会的養護も含めた子ども福祉の領域の対象としています。日本にも若者への支援制度はあるものの、社会的養護経験者にとって必ずしも実用的とは限りません。カナダにおいては、さまざまな民間団体が何らかのニーズがある若者への生活支援などを行っていたり、行き場をなくし街にいる若者への支援(シェルターなどの居場所の提供や、その後の相談など)を、アウトリーチをもとに展開していたりします。また、社会的養護経験者がスタッフの中心となり、アドボカシー活動や政策提言などを行っている団体もあり、これらは私がカナダの海外研修に参加した約20年前に、すでに行われていた取組みです。
日本では2022年の児童福祉法改正(※)でようやく社会的養護の対象年齢が撤廃されるとともに、新たに社会的養護自立支援拠点事業が整備されました。これらの運用も含め、これから社会的養護経験者への支援の充実が期待されます。また、同改正では意見表明等支援事業が新設され、社会的養護のもとで暮らす子どもに対する、民間機関による独立アドボカシーの整備も進められています。今後、社会的養護経験者のアドボカシーも含め、海外の先行事例を参考に、質の高い支援の実践や、社会的養護経験者の声を政策に反映する仕組みの充実に期待したいと思います。
これまで、日本においては法改正をはじめとして虐待防止や社会的養護のさまざまな体制整備がなされてきましたが、法律や制度が整備されても、それが支援を必要とする子どもや家庭に届かなければ意味を成しません。支援を必要とする子どもや親と直接対面し、話を聴き、何ができるかを一緒に考える人(専門職)がその役割を担うことになります。
国分氏の報告にあるフィンランドの“ネウボラの保健師”は「長く同じ地域を担当し、妊娠期から子育てまで同じ人に相談に乗ってもらえ、支援方法も指導ではなく対話を重視し、母子からの信頼も高く、支援継続の要となっている」とのことでした。佐藤氏がいうイギリスの“チルドレンズガーディアン”は経験豊富なソーシャルワーカーで、「子どもの願いや気持ちを丁寧に聞き、家庭背景や子どもの状況などを確認したうえで、最善の利益について裁判所に提言・助言」するという役割を果たしています。渡辺氏の報告にあるベルギーやフランスの“エデュカタ(エデュケーター)”は、子どもと一緒に過ごす時間を大切にして、受容や傾聴をもって子どもや家族との信頼関係を築きながら、子どもの願いを叶えること、潜在的な力を信じることをベースとした支援を行っています。さらに阪本氏が報告した、ニュージーランドで社会的養護経験者や少年司法の保護下にある若者への支援(トランジションサポートサービス)を行うNGO(民間機関)が紹介する“トラジションサポートワーカー”は、時間軸でのアセスメントをベースに長期的に若者を支えており、成果を上げています。
以上に挙げた各専門職に共通するのは、長期的・継続的に子どもや若者に寄り添い、その声に耳を傾け、一緒に考えるという点です。こういった各国の専門職の存在や活動から日本が学ぶところは多く、2024年度から新たに資格化された「こども家庭ソーシャルワーカー」や子どもアドボカシーの中心となる「意見表明等支援員(アドボケイト)」の今後の活躍に期待したいところです。
社会的養護を巣立ち、社会に出て自立する子どもの多くは、「帰るところがない」子どもです。これらの中には自分の境遇に悲観し、今まで生きてきた意味を見出せない、今を生きる意欲が湧かない、将来を考えること自体が怖く苦しい、どうしようもない孤独感にいる、などの状態にあることが少なくありません。
中野氏や樋口氏が訪問したカナダや、阪本氏が訪問したニュージーランドの子ども家庭福祉の発展のきっかけとして共通しているのは、先住民族と白人などの間に起きた、迫害や争い、差別の歴史です。これらを通し、同じルーツを持つ民族や部族、それらのコミュニティを中心とした子ども福祉施策が展開され、子どものルーツやアイデンティティを大切にする考えのもとで発展したのです。ニュージーランドでは阪本氏が述べたとおり、血縁だけでなく「拡大家族」の概念があり、子どもや家庭と関わるさまざまな人が拡大家族の一人となって子どもや家庭を支えます。
このようなコミュニティベースにおける歴史軸と現在軸双方の観点で構築された取組みは、現在の日本に失われつつあるものを気づかせてくれる大切な参考事例となるはずです。地域や家族、社会的養護の養育者などさまざまな「人」との関わりや歴史軸のつながりの中で、子どもが生まれてきた価値を見出し、自分の人生を過去から現在、未来へとつなぎ、紡いでいけるよう支援することで、それらが子どもの生きる糧となり、自立後のウェルビーイングの実現につながります。
社会的養護における子どもへの養育や自立支援、それを展開するためのソーシャルワークにゴールはありません。今回、報告していただいた海外研修修了者の方々のように、海外で得た新しい視点や取組みを実践に生かすべくチャレンジすることが、日本の子ども家庭ソーシャルワークの新たな可能性を広げ、現場に力をもたらす動きにつながるものと期待しています。
河尻 恵
1986年 専修大学文学部人文学科卒業 1989年 厚生省厚生教官として国立きぬ川学院入職 2005年 国立武蔵野学院 2006年 厚生労働省雇用均等・児童家庭局家庭福祉課 指導係長 2009年 国立武蔵野学院 企画調整官、養成研修課長 2014年 福岡県立福岡学園 児童自立支援専門監 2017年 厚生労働省子ども家庭局家庭福祉課 社会的養護専門官、課長補佐 2020年 国立きぬ川学院 調査課長 2021年 国立武蔵野学院 院長 2024年 日本福祉大学福祉経営学部 教授
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