世界の子ども福祉~実践と未来~
第1回テーマ
「アドボカシーと子どもの権利」
執筆者
作田 惇人
第48回(2023年度)ニュージーランド研修団員 岡山聖園子供の家(児童養護施設) 児童指導員
本号のテーマについて
アドボカシーと子どもの権利
2024年に改正児童福祉法が施行され、子どもの意見聴取等措置や子どもの権利擁護に係る環境整備に関する取組みが本格化しています。 今回は、アドボカシーを中心に、海外の子どもの権利擁護に関する制度や児童福祉の現場における具体的な取組みを紹介しながら、日本の現状と課題を見直し、今後のあり方を見据えます。
(1)福祉国家の先駆け
ニュージーランドでは、子育て中のお母さんが子どもを祖母に預けてカフェに行くと、「よくやったね、もっとその時間が必要よ」と褒められることが珍しくないそうです。そんな個人のウェルビーイングを大切にする国ニュージーランドは、南半球の福祉国家として、世界初の義務教育の無償化や女性の参政権の導入などの先駆的な取組みで知られています。
(2)歴史的背景
ニュージーランドの歴史は、先住民族マオリと入植者パケハ、2つの文化によって織りなされてきました。大略を表1に示します。
パケハが多数派となった社会で主権や権利が侵害されたマオリでしたが、歴史の変遷と共に復権は漸進してきました。しかし、子ども省(後述)の2023年の年次報告によると、子どもや若者で要保護となったうちの67%、少年司法により収容されたうちの81%がマオリであり、背景としてマオリとパケハ間の経済的な格差による貧困、社会的不平等などが指摘されています。マオリとパケハの歴史的・民族的な課題や不平等は、今も政治、教育や福祉に影を落としています。
(1)ニュージーランドの児童福祉
ニュージーランドでは、2017年に設立されたオランガタマリキ(子ども省)により、ウェルビーイングが侵害される恐れのある子どもや犯罪に関わる子どもを対象に、早期予防的支援や家族への継続的なサポート、児童保護に関わる法定業務、トランジションサポートが展開されています。政策・施策の策定を行う政府機関でありつつ、実務(行政サービス)も執り行う点が子ども省の特徴です。また、インケア(社会的養護)の子どもや若者の意見表明に関するサポートやサービスについては、子ども福祉の根拠法となるオランガタマリキ法や、ケアにあたる職員やケアギバーのための行動基準を規定した全国ケア基準(National Care Standards)に定められています。
(2)アドボカシーを担う4つの機関
前述の法律やケア基準を適切に実施するためにアドボカシー活動を行うのが、以下の4つの機関です。各機関の概要は表2の通りです。
各機関の立場はさまざまで、4機関にはアドボカシー以外にも多くの機能・役割が備わっています。多様な機能と特色を持った行政機関や非政府組織により、アドボカシーも含めた多様な取組みが重層的に展開されることで、セーフティネット的な効果が生まれ、一人でも多くの子どもの声を拾うことができるように感じました。
複数の機関に共通する点としては、声を集める方法が一択ではないことが挙げられます。アンケート調査やインタビュー、グループでのミーティングや個別の会話など、質的/量的あらゆる手段で、ニーズや目的に合わせて声を聴き取っています。
もう一つの共通点として、各機関に若者で構成されたグループがあります(ヴォイシズにはユースアドバイザリー、マナモコプナにはユースボイス、VOYCEにはユース評議会、表2参照)。そこでは、グループに所属する若者のスキルアップのための取組みや、声を外部に発信し、改善や変革のために働きかける活動が行われます。こうしたユースでの活動が、「地域・社会の一員であること」や「社会や何かを変えることができる」という気づきを生み、将来のセルフアドボカシーにもつながっています。
(3)VOYCE―人・声・心をつなぐアドボカシー
ここでは、4機関の中でも、1対1のアドボカシー活動を行い、子どもや若者たちに最も近い存在である独立アドボカシー機関のVOYCEを紹介します。
子どもに関するあらゆる機関の規則やポリシーに子どもたちの意見を反映させることにも尽力しており、2023年の総選挙前にはインケアの子どもたちのために、議員に約束してほしい6つのことについての請願書を届けています(図1)。
2023年の年次報告によると、2022年7月1日~2023年6月30日の1年間に終結したアドボカシー530件(うち79件は取り下げ)に対し、目標達成・問題解決が438件と高い成果を上げています。その要因の一つとして、子どもとの関係性が挙げられます。VOYCEでは、子どもや若者との関係性を大切にし、その構築には時間制限を設けていません。一緒に遊んだりドライブしたり、そうした時間を積み重ね、一人ひとりを尊重し、信頼関係を丁寧に築いています。また、障がいなどさまざまな違いを持つ若者を支援する専門家チームも備えていますが、ここでの「専門家」とは単に専門的な知識を持った人ではなく、その子どものことをよく理解している人(例:知的障害のあるAちゃんに対して、ただ知的障害について詳しい人物ではなく、Aちゃん自身をよく知り、理解している人)を指します。いかに子どもとの関係性を重視しているかがうかがえます。同時に、アドボケイトはあくまでも子どもの声を代弁するのであり、何が最善かを決定する立場にはないことを自覚しており、子どもに関わる周囲の支援者へ、アドボカシーや、アドボカシーを行うアドボケイトへの理解を広める取組みも行っています。
子どもや若者を仲間や地域とつなぎ、教育やサポートへとつなぐことで、彼らの抱える孤独は、いつしか帰属感へと変化していきます。人と声が集まれば、社会が動きます。こうした意識と取組みの積み重ねが、子どもや若者の真の声を聴き、共に目標達成に向けて歩むアドボカシーの実践、彼らが自ら人生を変えていける人に成長する力へとつながっています。
2024年より、日本でも社会的養護の子どもたちを対象とした意見聴取等の制度がスタートしました。高い専門性を備えた意見表明等支援員(アドボケイト)の養成、全国共通水準でのアドボカシーの実践に向けた整備が必要です。
研修を終え、私がまず感じたことは、日本の施設職員のアドボカシーへの知識や理解には、施設や地域によって、いまだ大きな差があるということでした。また、第三者によるアドボカシーに対しては、子どもたちをよく知るからこその懸念の声も聴かれました。心に深い傷を負った子どもたちが大人を信頼して本心を語ることは容易ではなく、多くの積み重ねを必要とするからです。VOYCEが関係づくりに時間制限を設けない理由がよく理解できます。
現場の職員は、これまでずっと子どもたちに寄り添い、彼らの声を聴き続けてきました。その点は引き続き大切にしつつ、それに加えてアドボケイトの意味を現場に周知徹底し、正しい理解促進を図る取組みを急ぐと共に、職員の思いや経験が子どもたちに役立つ連携のあり方を模索していく必要があるのではないでしょうか。
ニュージーランドでは、VOYCEのサポートについてケアギバーの方から「とても助かっています」と、理解と信頼の声が聴かれました。近い将来、日本においてもアドボケイトが、子どもたちや現場の職員にとって、共に歩める心強い存在となることを期待しています。そして私自身も、職場の仲間とアドボカシーや子どもの権利について語らい、一緒に学ぶ機会を一歩一歩積み重ねていきたいです。
・Annual Report 2023 - VOYCE - WHAKARONGO MAI https://voyce.org.nz/annual-report-2023/(最終アクセス日:2024年8月1日)
・公益財団法人 資生堂子ども財団(2024)「資生堂児童福祉海外研修報告書 第48回(2023年度)」
作田 惇人
徳島文理大学大学院家政学研究科児童学専攻児童教育学コース修了 徳島文理大学大学院人間生活学研究科人間生活学専攻満期退学 2009年 社会福祉法人みその児童福祉会岡山聖園子供の家 児童指導員
子どもたちが希望をもって生きていける社会の実現を目指し、
資生堂子ども財団とともに子どもを支える仲間を探しています。