オーストラリアにおける政府~現場におけるさまざまなレベルのアドボカシー

執筆者

杉山 亜佳音

第47回(2022年度)オーストラリア研修団員 サンライズ万世(母子生活支援施設) 心理療法担当職員

本号のテーマについて

アドボカシーと子どもの権利

2024年に改正児童福祉法が施行され、子どもの意見聴取等措置や子どもの権利擁護に係る環境整備に関する取組みが本格化しています。 今回は、アドボカシーを中心に、海外の子どもの権利擁護に関する制度や児童福祉の現場における具体的な取組みを紹介しながら、日本の現状と課題を見直し、今後のあり方を見据えます。

目次

1.はじめに

第47回資生堂児童福祉海外研修に参加し、オーストラリアのニューサウスウェールズ州(以下、NSW州)における児童福祉の現状を視察する機会をいただきました。さまざまな機関を訪ね、多くの刺激を受けましたが、ここではアドボカシーという視点から学んだことをご紹介します。

図1

図1 オーストラリア地図

2.歴史的・文化的背景

本題に入る前に、背景となるオーストラリア特有の歴史的・文化的側面について、お示ししておきたいと思います。
オーストラリアには、政府主導のもと先住民を迫害したという苦い歴史的経緯があり、その反省から、過ちを率直に認めてお互いの文化への敬意を示すという姿勢が社会に広く浸透しています。今も多人種・多文化の人々から成る国家であり、多様性に触れる機会が日常にあふれていますが、相手のあり方を否定せず、子どもを含むあらゆる人の声に対して誠実に向き合うことが目指されています。こうした「寛容性」と「包摂性」、そして「内省」の精神は、オーストラリアの児童福祉の世界を屋台骨として支えています。

3.子どもの権利擁護全般を支える機関

それでは最初に、NSW州における子どもの権利擁護全般を支援している機関をご紹介します。
NSW Office of the Children’s Guardian (以下、OCG)は、法定の独立機関であり、子どもに関連するサービスを提供する組織を監督し、子どもたちの権利を保護するセーフティネットの役割を担っています。
各機関のサービスが適切に行われているかモニタリングや評価を行ったり、目的に資するような各種情報やツールを支援機関へ提供したりすることを通して、子どもに関わる組織の安全性を維持・向上させることを目指しています。
児童福祉サービスの安全と品質を担保するため、OCGはNSW州における「子どもの安全基準(Child Safe Standards)」(図2)も定めており、子どもに関わる全組織がその順守を求められます。そしてその基準の中に、子どもの意見表明権に関する内容が含まれています(図2中の基準2)。

図2

図2 NSW州子どもの安全基準
出典:Office of the Children’s Guardian (2023), p.5(筆者翻訳)

4.アドボカシーを支援する機関

ここからは、アドボカシーを活動の中心とする代表的な支援機関を2か所ご紹介した後、それぞれの共通項と違いについてご説明します。

(1)NSW Office of the Advocate for Children and Young People
NSW Office of the Advocate for Children and Young People(以下、ACYP)は、「子ども若者アドボケイト法」を根拠とした独立機関です。
本法は、政策や社会サービスに反映させるべき視点が子どもの声の中に含まれていることを認めたものであり、政府が子どもの声をすくい上げることを明記しています。
そしてACYPは本法を踏まえ、NSW州内に住むすべての子どもと若者を対象として、当事者の声を調査して各省庁への提言を行ったり、公募で選出されたメンバーから成るユース提言委員会(The NSW Youth Advisory Council. 以下、YAC)の活動をサポートしたりしています。

(2)CREATE Foundation
CREATE Foundation(以下、クリエイト)は、家庭外ケア*1経験者を対象として活動する民間の支援機関です。家庭外ケア経験者は虐げられた経験を持つ場合も多く、それにより特に声を上げにくい状況にあるという点に着目し、彼らが声を上げられるようになることを目指して、以下の3段階の流れを意識した支援活動を行っています。
最初の「コネクト」は、孤独を感じやすく孤立しがちな子どもたちに対して、例えば誕生日パーティーの開催といった企画を通じて、まずはつながりをつくっていくという活動を指します。そのつながりを通して、子どもたちの中にクリエイトや社会への所属感や帰属意識、そして「私は一人ではない」という気づきが生まれていくことを狙いとしています。
次の「エンパワー」は、そうしたつながりを基盤として、子どもたちの力を引き出す活動です。自分の考えを言葉にする練習をしたり、活動のリーダーを務めたりする体験を積み重ねることで、自らに自信をつけていきます。
最後の「チェンジ」は、現実に変化を起こす活動のことで、自分たちの意見をまとめて政府への提言を行います。
自分の思いを言葉にすることが難しい子どもたちに寄り添い、言葉にできないことも含めて子どもの存在をまるごと尊重しながら、関係性づくりから丁寧にアドボカシーを紡いでいました。

(3)両機関のアドボカシー活動における共通性と違い
ACYPとクリエイトは共にアドボカシーを行う機関ですが、視点の置きどころには少々違いも見出せました。
そもそも子どもたちはすべて、いくつもの要因の重なり合いにより、大人に比べて意見表明がしにくい立場に置かれていると言えます。そのため子どもアドボカシーにおいては、クリエイトが示すように「つながることでエンパワーされ、それを基盤に自分の声を周囲に届け、変化を起こす」という流れに着目することがとても重要であると考えられます。
この点を踏まえると、ACYPの行うアドボカシーは、YACが公募選出型であることに象徴されるように、意見表明に元々積極的な態度を持つ子どもたちを中心とした活動と考えられるため、図3中の①の部分が活動の中心であると言えます。
一方クリエイトは、家庭外ケア経験者を対象としており、自分の素直な思いを言葉にすることすら困難になってしまった多くの子どもたちとつながってエンパワーすることを非常に大切にしていました。つまり活動の主眼は図3の②の部分と考えられ、自分たちの声で周囲を変える体験は活動の最終段階と位置付けられています。
一言でアドボカシーと言っても、重きを置くポイントにそれぞれ違いがあると知ったことは大きな学びであり、日本における今後のアドボカシーの展開を考えるうえでも重要な示唆を得られるように思います。

図3

図3 アドボカシー活動における共通性と違い(筆者作成)

5.オーストラリアでの学びを経て

日本では、2023年にこども家庭庁が発足し、子どもアドボカシーに関する法制度も着実に整いつつあります。また、各地域や施設においても、ACYPやクリエイトに重なるようなさまざまな取組みが行われてきているところです。そうしたさまざまなアドボカシー活動を、「日本の子どもアドボカシー」へと練り上げ統合していく作業が、これから求められるのではないかと感じています。
そして私たちのような子どものための施設の職員は、子どもたち(親子)の日常の小さな声に耳を傾け、ともに考え続けてきたという歴史があり、いわばクリエイトの活動に近い側面を担ってきたのだと考えられます。日々のミクロなアドボカシーを大切にすることこそがマクロなアドボカシーの基盤となるものであり、それは決して小さな役割ではないと、海外研修を経て改めて感じるようになりました。帰国後、こうした気づきが、親子の関係調整の場面で活きることがありました。子どもと親双方が落ち着いて真意を語れるよう場面設定を工夫し、どちらの意見も同じ重みを持つものとして扱ったところ、結果的に親子間の対等な対話が促進され、両者の相互理解が深まったという体験をしました。アドボカシーの本質は、一方的に声を届けることではなく、他者との対話を通してより良きものを目指していくことであると、改めて確信する機会ともなりました。
また、支援者自らがアドボカシーを実行していく責任についても意識するようになり、子どもの意見の積極的な吸い上げを施設職員へ提言したり、子どもの権利に関するコラムを施設内の母親向けプリントに寄稿したりと、小さいながら自分でも具体的な取組みを始めました。
施設での生活が、これからもアドボカシーのはじまりを支えていけるように。そしてその先に、親子の権利が守られ、誰もがあたたかさを感じられる社会の実現を、目指していきたいと思います。

注・文献

【注】
*1 家庭外ケア:児童保護対象ケースのうち、子どもが自らの家庭を離れて、里親や施設などのもとでケアを受けるもの。
【文献】
・公益財団法人 資生堂子ども財団(2023)「第47回(2022年度)資生堂児童福祉海外研修報告書」https://www.shiseido-zaidan.or.jp/data/media/shisedo_zaidan/page/public/training/PDF/vol_47.pdf(最終アクセス日:2024年8月30日)
・Office of the Children’s Guardian(2023)「Guide to the Child Safe Standards」https://ocg.nsw.gov.au/sites/default/files/2021-12/g_CSS_GuidetotheStandards.pdf(最終アクセス日:2024年8月30日)

杉山 亜佳音

学習院大学大学院人文科学研究科心理学専攻臨床心理学コース博士前期課程修了 学習院大学大学院人文科学研究科心理学専攻博士後期課程単位取得退学 2011年より、社会福祉法人恩賜財団東京都同胞援護会母子生活支援施設サンライズ万世にて、心理療法担当職員として従事。臨床心理士、公認心理師。

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