カナダでの学びを踏まえた日本における取組み―児童福祉施設におけるフォーマルアドボカシー

執筆者

中村 有生

第41回(2015年度)カナダ研修団員 兵庫県立清水が丘学園(児童心理治療施設)心理治療士

本号のテーマについて

アドボカシーと子どもの権利

2024年に改正児童福祉法が施行され、子どもの意見聴取等措置や子どもの権利擁護に係る環境整備に関する取組みが本格化しています。 今回は、アドボカシーを中心に、海外の子どもの権利擁護に関する制度や児童福祉の現場における具体的な取組みを紹介しながら、日本の現状と課題を見直し、今後のあり方を見据えます。

目次

1.海外研修での学び

私は2015年の第41回の資生堂児童福祉海外研修に参加させていただきました。視察先はカナダのオンタリオ州トロントで、母子保健・教育、子ども家庭福祉、アドボカシーの領域やテーマに関する機関を視察し、大変、貴重な経験でした。
特に印象的だったのは権利擁護に関する制度や取組みです。今では日本でもこども家庭庁が発足し、こども基本法も施行されていますが、私が研修に参加した2015年時点では、まだ影も形もなく、子どもを権利の主体と位置づけた児童福祉法の改正も行われていませんでした。そのような時期にカナダではすでに権利擁護について法律や制度が整っており、法的根拠に基づいて子どもの権利擁護に取り組んでいることを知って非常に驚かされました。

2.研修修了後の取組み

(1)清水が丘学園での取組み―組織としての方針・システムの重要性
私は、海外研修の前から、児童の権利を意識して子どもの話を丁寧に聞き、処遇や生活の状況について話し合ってきました。しかし、海外研修を終えて現場に戻り、個人の意識と努力だけでなく組織としての位置づけや施設全体として権利擁護の方針をしっかりと打ち出すことの重要性を感じた私は、職場内で権利擁護の研修などを実施することを始めました。その後、権利擁護委員会の設置を施設内で提案すると、職場内で管理職は理解を示してくれ、設置に至りました。
権利擁護委員会は、管理職、ケアワーカー、心理職によって構成され、施設における子どもの権利擁護の取組みを推進し、検証するため、月に1回、定例的に開催しています。これにより、以前から行っていたさまざまな取組みが「権利擁護」の方針のもとに体系化され、職員全体が意識して取り組むことで、施設内の子どもの権利擁護は前進しました。
さまざまな成果がありますが、ひとつ大きなことは「子どもの権利擁護」という言葉が浸透したことです。もちろん言葉が普及しただけでは意味はありません。ただ、言葉が普及したことで「自分たちの支援が子どもの権利にとってどう意味があるのだろう?」や「権利侵害になっていないか?」と考える軸ができました。

(2)兵庫県での意見表明支援制度の開始と取組み―施設とアドボキットの連携
また、兵庫県においても2021年10月から「子どもの意見表明支援事業」が開始されました。一時保護や入所措置に際して子どもの意見表明権の保障のために、県が兵庫県弁護士会に委託し「意見表明支援員」を派遣する制度です。
普段、児童相談所や当施設の担当は、子どもの処遇や生活状況について子どもと話し合いをする機会を設けており、できる限りの丁寧な説明と子どもの意見の聞き取りを行ってきました。しかし、子どもと児童相談所・施設の間で状況について共通認識を持つことがどうしても難しい場合や、子どもの意向と児童相談所・施設が考える子どもの最善の利益のための支援が一致しない場合もあります。もともと、子どもがいつも自分の意見をはっきりと言えるとは限りません。「意見表明支援制度」によってアドボキットの派遣があることは、施設としてもありがたく、子どもの意見をより丁寧に把握するためにも効果的な制度です。当施設においては、昨年度は約10件の利用がありました。結果的に子どもが意見表明支援員の方に話している内容を児童相談所や当施設が知らなかった、初めて聞いたという内容はなく、子どもも改めて話を聞いてほしいということで利用していることが多かったように思われます。

(3)全国の児童心理治療施設での取組み―システムアドボカシー
少し話は変わりますが、私は全国児童心理治療施設協議会(以下、全児心)の調査研究委員会に属しており、2022年度に「子どもの権利擁護」について調査を行いました。詳細は早川ほか(2024)をご覧いただければと思いますが、全国の児童心理治療施設において治療的な課題(自傷行為や他害行為)への支援を行いながら、子どもの最善の利益や意見表明の機会の確保について悩んでいる施設が多いことが明らかになりました(『心理治療と治療教育』第35号)。
また、当時の全児心には権利擁護委員会がなかったのですが、このような結果を踏まえ、また各施設からの要望もあり、調査研究委員からも全児心に権利擁護委員会が必要であると提案し、2024年度から設置される運びとなりました。今後、全国の児童心理治療施設においても権利擁護の取組みが充実していくことが期待されます。

3.権利擁護の取組みの課題と今後の展望

(1)海外研修後の取組みと課題
海外研修後に上記のような取組みをしてきましたが、現在の課題と今後の展望を少し考えたいと思います。ここ数年の海外研修における視察先のアドボカシーの機関は基本的に独立型のアドボカシーの機関が中心です。そこで気になることは「最も子どもの傍におり、最も深く子どもに関わっている児童福祉施設の職員である自分たちが行うアドボカシーとは?」ということでした。

(2)児童福祉施設の行うアドボカシー(フォーマルアドボカシー)
児童相談所や児童福祉施設が行うアドボカシーは制度的(フォーマル)アドボカシーと呼ばれています(全国子どもアドボカシー協議会 手引きより)。フォーマルアドボカシーの担い手によるアドボカシーの特徴は、アドボキットが支援の提供者でもあることです。子どもの意見を丁寧に聞き、子どもと一緒に処遇や生活について検討しますが、同時に、その意見の受け手でもあり、一時保護や施設措置、家族との交流、施設での生活環境の整備などさまざまな支援の提供を行う立場でもあります(図1参照)。だからこそ、支援においては社会資源の限界などにより子どもの意向に沿えないことや、子どもの意向と専門的に判断される最善の利益が一致しないことも当然ながらあります。

図1

図1 専門機関が行うアドボカシー(筆者作成)

(3)フォーマルアドボカシーと独立アドボカシー
基本的には児童相談所や施設が子どもとしっかりと対話し、子どもの意見を丁寧に聞き、処遇を決定していく過程に子どもが参加し、子どもが納得できることが理想です。それが難しい時に独立型のアドボカシーがサポート的に児童相談所や施設が行うフォーマルアドボカシーの不足を補うという役割になるのではないかと思います。逆に言うならば、独立型のアドボカシーがどれだけ子どもの意見を代弁してくれていても、児童相談所や施設がそれに対応する姿勢がないならば意味がありません。

(4)権利擁護の課題と今後の展望
このように児童相談所・児童福祉施設が行う支援とアドボカシーには複雑な状況があります。常に子どもの最善の利益を最優先にし、子どもの意見や主体性を尊重しなければなりません。ただ、そこには絶対に正しいと言える場合ばかりでもなく、常に我々は「これが本当に子どもにとって最善であるのか?」と悩み続けなければならないと思います。同時に専門的に判断もしていかなければなりません。
独立型のアドボカシーの制度や取組みが日本でも本格的にスタートして、子どもの意見表明権についての支援が始まったことは大変望ましいことです。しかし、普及や政策提言、当事者参画においては海外と比較してもまだまだです。
加えて、児童相談所や児童福祉施設の行うフォーマルアドボカシーのあり方、提供できる社会的資源、専門的な支援などもまだまだ検証・改善されるべき課題はあります。児童福祉施設の職員である私たちは子どもの最善の利益のために支援の提供だけでなくシステムや制度の改善のためのアドボカシーを行っていくことも今後の大切な役目です。一番に子どもの傍にいる私たちこそ、子どもの声に耳を傾け、一番届けられればと思います。

文献

・相澤仁ほか(2023)「子どもアドボカシーの手引き―子どもの権利擁護・保障を求めて(最終版)―」全国子どもアドボカシー協議会
https://drive.google.com/file/d/1QhKAZ-yp2iIGiO2_sl6Z_tgkuv3wHsWs/view(最終アクセス日:2024年6月4日)
・早川洋ほか(2024)「児童心理治療施設における入所児童の権利擁護に関する取り組みについての調査―権利擁護のために子どもの意見表明を育てる取り組み―」『心理治療と治療教育』第35号
・公益財団法人資生堂社会福祉事業財団(2016)「第 41 回(2015 年度)資生堂児童福祉海外研修報告書―カナダ児童福祉レポートー」

中村 有生

2004年 武庫川女子大学大学院文学研究科修了 2009年~ 兵庫県立清水が丘学園(児童心理治療施設)心理治療士 兵庫県臨床心理士会理事 福祉領域員会委員長 兵庫県公認心理師会 代議員 日本子ども虐待防止学会 代議員

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