世界の子ども福祉~実践と未来~
第1回テーマ 「アドボカシーと子どもの権利」
執筆者
菊池 幸工
第41回(2015年度)カナダ研修コーディネーター NPO法人全国子どもアドボカシー協議会アドバイザー
本号のテーマについて
アドボカシーと子どもの権利
2024年に改正児童福祉法が施行され、子どもの意見聴取等措置や子どもの権利擁護に係る環境整備に関する取組みが本格化しています。 今回は、アドボカシーを中心に、海外の子どもの権利擁護に関する制度や児童福祉の現場における具体的な取組みを紹介しながら、日本の現状と課題を見直し、今後のあり方を見据えます。
カナダは連邦制の国であり、連邦政府には児童福祉の担当省がありません。児童福祉政策は各州政府の管轄となっていて、児童福祉に関する法律も各州ごとの議会で制定されます。したがって、子どもアドボカシー事務所も州ごとに運営されています。ここで紹介する子どもアドボカシーの活動は、オンタリオ州での実践を基にしています。
オンタリオ州の子どもアドボカシー活動は1978年に民間人のレス・ホーン(Les Horne)氏によって始まり、1984年「子ども家庭サービス法」の制定により、州政府コミュニティ・ソーシャルサービス省(当時)内に「子どもアドボカシー事務所」が設置されました。そして、2007年の新法により事務所は政府から独立しましたが、2018年の選挙で保守党が政権を握ると、州政府は翌2019年アドボカシー事務所の存在根拠法を廃止して突然アドボカシー事務所を閉鎖しました*1。
カナダの子どもアドボカシーは、個別の苦情申し立てに対応する「個別の権利アドボカシー」から始まり、その後制度や法律の改正を促し社会の変化を創成する「システミックアドボカシー」、それを牽引する「コミュニティデベロップメントアドボカシー」へと質的発展を遂げました。その過程には、常に子どもやユースが中心にいました。例えば、アドボカシー事務所が社会的養護(以降、インケア)の子どもたちの経験を調査研究した報告書『内側からの子どもたちの声』の発表記者会見にユースの代表も同席しましたが、この報告書が州政府の正式な報告書として発行される前に、ユース代表による監査が行われたことが記者団に伝えられました。
1984年から州政府の機関となったアドボカシー事務所は、その運営に関してユースに提言をしてもらうために、インケアにいるユースによる「ユースアドバイザリーグループ」を立ち上げ、アドボカシー業務にユースの声を反映させました。ところが、アドボカシー事務所が政府の機関であるうちは、政府の児童養護政策に批判的な提言をすると、政府との対立を生み制度や法律を改善し、社会の変化を創成するためのシステミックアドボカシーはうまく機能しませんでした。しかし、2007年に新法が制定され、事務所が政府から独立して州議会に直接報告するようになってからシステミックアドボカシーは大きく動き始めました。
政府から独立したアドボカシー事務所は、インケアユースを「アンプリファイア(現在インケアにいる子どもたちの声を増幅させる役割)」として多く採用し、さまざまなユースのプロジェクトを立ち上げ、彼らのセルフアドボカシー活動を促進しました。「Our Voice Our Turn」プロジェクトでは、州議事堂で公聴会を開催しユース自身が政府や議会に働きかけて法律や制度を変えることに成功しました。これ以外のユースによるセルフアドボカシーのプロジェクトには以下のものがありました。
▲アンプリファイア・マガジン2015の表紙(州アドボカシー事務所HPより)
▲公聴会の様子(州アドボカシー事務所YouTubeより)
▲ユースのプロジェクトの報告書
ユースのセルフアドボカシー活動により、州政府との協力関係を築いたユースは、政府の政策を分析・評価して、現場の子どもたちの具体的な問題を解決するように政府に働きかけていきました。これにより政府の施策に変化が出てきて、政府と対話をしながら施策の確認もできるようになり、以前にはなかったユースと政府とのよい関係ができつつありました。
これらの変化は、アドボカシー事務所におけるアドボキット*3の活動基準を確実に実行したことによるものです。その活動基準とは、意思決定のプロセスにユースがどこまで参加できたか、事務所が提案する戦略や計画にユースの同意が得られているか、事務所の活動がユースたちにどういうインパクトを与えたのか、自信を持つことができたのか、知識を持つことができたのか、他人の助けを借りずに自分で自分をアドボケイトできるようになったのか、自ら社会を変える力があると自覚したのか、でした。
▲ユースから提言を受ける州政府子ども青年サービス省大臣(当時)(州アドボカシー事務所HPより)
保守党政権によって事務所が閉鎖された後も、アンプリファイアとしてプロジェクトを実施したユースは、そこで培ったセルフアドボカシー実践の経験と知識および能力を活かして、独自に活動を継続しています。その一つがNPO法人Ontario Children’s Advancement Coalition (OCAC) *4で、政府に年齢ベースの制度から個々人の自立準備状況に合わせる制度に変える改革を迫りました。それまでの制度は、本人が自立する準備ができているか否かにかかわらず、18歳で自立を強要されました。その結果、多くのユースに薬物・アルコール依存、犯罪、ホームレスなどの過酷な生活が待っていました。この状況を改善するため、州政府に「年齢ベース」の制度から自立の準備ができていることを指標で判断する「準備指標ベース」に変えるよう提案しました。
「準備指標ベース」の制度とは、以下の条件を満たすものですが、これに限定されるものではありません。
ユース自身が考える「準備指標ベース」では、以下の4つの指標が会議で提案されました。
この活動は「Ethical Systems Reset Proposal(倫理的制度リセット提案)」と題して、州政府の児童福祉担当省と話し合いを続けたもので、OCACとYouth in Care Canada (YICC)の当事者2団体が、当事者のアドボキットとして州政府と交渉しました。州政府は年齢ベースの制度には戻らないとして、新しい制度を開発する協議をするために当団体とパートナーシップを組んで改革に取り組みました。
この提言を実現するために、ユースが粘り強く交渉した結果、州政府は、2023年2月に児童養護制度に新しいプログラム「Ready, Set, Go」を同年4月1日から導入すると発表しました。これにより、ユースはインケアに以前より長く留まることができ、その間に自立できる能力を身につける支援を受けることになりました。さらに、これまでインケアに留まることができるのは21歳までだったところ23歳まで延長され、大学を卒業するまで財政支援が受けられ、毎月の支給額も増額されたことで生活がより安定し、勉学や仕事に励むことができるようになりました。
この新しいプログラムは、州政府と当事者ユースがパートナーとなって共同開発したものですが、自立の準備に必要な施策は改善されたものの、「年齢ベース」の制度は残りました。当事者ユース側は、今後も改革を促し「準備指標ベース」に制度を変えるため、政府と粘り強く交渉していく決意です。
アドボカシー事務所の複数のアドボキットに「アドボカシーとは何か」を聞きましたが、まとめると以下のようになります。
「子どもたちの権利を守るため、コミュニティ全体が一緒になって支援し、子どもの『声』を探す手助けをする。その際『私たちのことを私たち抜きで語るなかれ』の原則を必ず守る。その活動は、子どもを不適切に扱う社会や制度の不正義を正すために、社会の大きな制度に挑戦し、社会の変化を創成する。ただし、アドボカシーは変化への触媒であって変化を起こす仲介人・代理人ではない。最終的には子どもを管理から解放し、自分の人生を取り戻す。そして、アドボカシーとはライフスタイルそのものであることを忘れてはならない」。
元州アドボキットのアーウィン・エルマン(Irwin Elman)氏は、「熱心な子どもアドボカシー活動とは、実は、最も単純でしかも深淵なる振る舞いの中にある。それは『共感すること』や『優しさ』『敬意を払う』『見ることと聴くこと』などの中に見出すことができる。これらは、子どもの生活に関わる一人ひとりすべての人がとるべき行動である。教師や親、政治家、官僚、雇用主、警察……すべての人が子どものアドボキットであるべき」と述べています。
カナダがセルフアドボカシーを重要視しているのは、子どもの権利を守ることは、子どもやユースに「能力」と「意思」と「力」、そして「地位」を与えると考えるからです。一般に、インケアにいる子どもやユースは地位が認められず、意思も尊重されず、したがって力を発揮する場がないので能力がないと思われるため、彼らには管理・指導が必要と考えられがちです。
しかし、子どもアドボキットの役割を研究した論文“The Role of Canada’s Child and Youth Advocates: A Social Constructionist Approach”には、アドボカシー活動を「アドボカシーは単に政策を変えることにとどまらず、ユースは政策決定のプロセスに影響を与える能力があるということを人々が認識するように考え方を変えていくことである」と述べています。前述のように、アドボカシー事務所は、活動の基準を「子どもやユースにどのようなインパクトを与えたか」として、これを検証しながら実践してきました。具体的には、①知識を得ることができたのか、②自信を持つことができたのか、③人の力を借りずに自分で自分をアドボケイトできるのか、④社会を変える力があると自覚することができたのか、の4項目です。
アドボカシー事務所は、子どもが声を出すことを学ぶことは、子どもが健全な発達を遂げ人間として成長するために不可欠であると考えていました。子どもやユースは権利を持ったひとりの人間として尊重する「権利ベースの文化」を社会に確立し、社会の変化を創成するシステミックアドボカシーの実践をしてきました。
カナダで行われた「愛を法制化する(Legislating Love)」と題したオンラインでの話し合いには、現在インケアにいる子どもや、かつてインケアを経験したユースが参加し以下の提案が出されました。
「子どもたちは、規則や規制で管理するのではなく、どうすれば彼らに対する『愛』が育まれるか、という視点で考える必要がある」。そして、「政府の制度は、子どもたちが住んでいるコミュニティの中で、どうすれば子どもたちへの『愛』が育まれる条件を提供できるかを基準に設計すべきである」。国連子ども権利条約では、「愛」は権利にはなっていませんが、子どもたちは、「愛されること」は権利だと主張しています。
アーウィン・エルマン氏は「子どもへの愛が育まれる条件」を以下の4項目にまとめて提唱しています。
すでに2.で紹介した事務所でのユースのプロジェクトは、セルフアドボカシーを促進する「コミュニティデベロップメントアドバイザー(CDA)」というスタッフの支援に支えられて行われる活動です。CDAはプロジェクトを通じて、子どもやユースが自身で自分の権利を守る、あるいは主張できるように戦っていける力やスキルを会得させるためにサポートをします。こうしてCDAの活動は上記の「愛される条件」を満たしつつ、子どもやユースのシステミックアドボカシー活動を力強く支えました。
トロントメトロポリタン大学(TMU)のジュディ・フィンレー(Judy Finlay)准教授は、「現在子どもアドボカシーの定義を見直している。これからのアドボカシーはユース主導による社会正義実現の活動となる。パートナーとしての大人の役割は、彼らの活動の妨げになるものを排除することである」と述べています。実際、先に紹介したOCACやドキュメンタリー映画を作成した「Project Outsiders」*5、「Feathers of Hope」など、当事者のアドボカシー団体が立ち上がり、子どもアドボカシー活動を展開しています。この傾向はこれからも発展していくでしょう。
カナダでは「個別の権利アドボカシー」に始まった子どもアドボカシーが、ユース主導により子どもを不当に扱う社会の不正義を正す活動である「システミックアドボカシー」にまで進化しています。2022年5月に、オンタリオ州の児童養護グループホームにおける劣悪な環境がメディアにより報道された番組*6で、TMUのキアラス・ガラバヒ(Kiaras Gharabaghi)教授は「大人は制度を良くしようと努力してきたが失敗した。制度の変化はユースに任せた方がいい。彼らは改善の方向性をよく知っている」と述べています。
こうして、カナダの子どもアドボカシーは、子どもや若者が自らの権利を主張しつつ、社会の変革を創成し、自分たちの人生を全うするために、大人たちがパートナーとなって活動する社会改革運動になっていくことでしょう。
【注】
*1 社会的養護や政府のサービスを受けている子どもからの苦情受付・対応や調査はその後Ombudsman Ontario・Children & Youth Unitが引き継いでいる。 https://www.ombudsman.on.ca/what-we-do/topics/children-youth(最終アクセス日:2024年7月18日)
*2 https://feathersofhope.ca/?fbclid=IwAR04FX_FWuenMl8Fmcj2f80jqhVIJgZnUu1NYre3Rai7mlClVTO4T6PARkY(最終アクセス日:2024年7月18日)
*3 日本では英語でアドボカシーを行う人(advocate:名詞)を「アドボケイト」と日本語に訳していますが、これは動詞での発音(æd.və.keɪt)であり、名詞は英語では通常「アドボキット(æd.və.kət)」に近い発音をするので、動詞の「アドボケイト」と区別するためにここでは「アドボキット」としている。
*4 https://www.facebook.com/ChildCoalition/(最終アクセス日:2024年8月25日)
*5 https://www.projectoutsiders.com/(最終アクセス日:2024年7月18日)
*6 https://globalnews.ca/news/8874449/ontario-child-welfare-system-serious-occurence-reports/(最終アクセス日:2024年7月18日)
【文献】
・畑千鶴乃・菊池幸工・藤野謙一(2023)『子どもアドボカシー―つながり・声・リソースをつくるインケアユースの物語―』明石書店
・畑千鶴乃・大谷由紀子・菊池幸工(2018)『子どもの権利最前線 カナダ・オンタリオ州の挑戦―子どもの声を聴くコミュ二ティハブとアドボカシー事務所―』かもがわ出版
菊池 幸工
早稲田大学社会科学部卒。トロント大学修士課程修了。1990年代前半から日本の児童福祉関係者の研究サポートおよび研修コーディネート・通訳を行い、現在、カナダと日本のインケアユース国際交流コーディネーターを務めている。 著書に『子どもアドボカシー』(共著、明石書店、2023年)、『子どもの権利最前線』(共著、かもがわ出版、2018年)などがある。 NPO法人全国子どもアドボカシー協議会アドバイザー。
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