世界の子ども福祉~実践と未来~
第1回テーマ 「アドボカシーと子どもの権利」
執筆者
川﨑 二三彦
子どもの虹情報研修センター センター長
本号のテーマについて
アドボカシーと子どもの権利
2024年に改正児童福祉法が施行され、子どもの意見聴取等措置や子どもの権利擁護に係る環境整備に関する取組みが本格化しています。 今回は、アドボカシーを中心に、海外の子どもの権利擁護に関する制度や児童福祉の現場における具体的な取組みを紹介しながら、日本の現状と課題を見直し、今後のあり方を見据えます。
子どもの権利条約は、1989年11月20日、国連総会において採択されました。日本政府が本条約を批准したのは1994年ですから、今年は批准からちょうど30年の節目の年に当たります。折しも本年、資生堂子ども財団が、Webマガジン「世界の子ども福祉~実践と未来~」を創刊し、「アドボカシーと子どもの権利」をテーマに取り上げたのは、大変意義深いことだと感じています。
さて、日本が権利条約を批准すると、当時私が勤務していた児童相談所にも啓発リーフレットが送られてきました(図1)。てっきり厚生省(当時)作成と思ったのですが、実は外務省国内広報課が発行したものでした。
「そうなんだ、これは国と国との約束なんだ」
改めてそう自覚させられたのを覚えています。
なお、条約を批准するに当たって国内の法整備等が行われたわけではありません。この点は、1985年の女子差別撤廃条約の批准に際して「男女雇用機会均等法」を制定したり、学習指導要領を改訂して家庭科を女子必修から男女とも選択必修化にするなどの取組みをしたこととは異なっています。権利条約に関する当時の政府の立場は、「新たな立法措置、予算措置は不要(外務省)」「児童相談所運営指針を遵守すれば、欠けるところはない(厚生省)」というもので、条約の内容は、国内においてはすでに満たされているという立場だったと思われます。
図1
さて、条約を批准して3年後の1997年は、児童福祉法制定50年という記念すべき年でした。この年、本法は大幅に改正されます。たとえば、児童福祉施設の名称について、養護施設を児童養護施設に、教護院を児童自立支援施設に、母子寮を母子生活支援施設などと改め、施設の目的に自立支援を掲げたことなどが注目を集めました。本稿では、改正点の一つである第26条第2項を取り上げます。児童相談所長が施設入所等の措置を行う際、都道府県知事への報告事項として「当該児童及びその保護者の意向その他児童の福祉増進に関し、参考となる事項を記載しなければならない」との規定を盛り込んだのです。政府は権利条約を批准した際、新たな立法措置は不要と表明してはいましたが、本改正で「児童の意向」を記載するよう求めるなど、実は少しずつ改正を進めていたものと思われます。
なお、本改正では、権利条約で使われている「意見」ではなく「意向」としています。この点につき、『最新 児童福祉法の解説』(時事通信社)*1は次のように解説しています。
「児童の意見表明権を正面から規定しなかったのは、児童福祉法において児童の意見表明権を保障するにあたっては、およそすべての年齢の児童に対しその機会を保障すべきという要請がある一方、わが国の民法や家事審判規則では意思形成能力の基準を満15歳以上とし、児童の権利条約第12条では『自己の意見を形成する能力のある児童』について『児童の年齢及び成熟度に従って相応に考慮されるものとする』としているなど、法制度上、年齢、成熟度等を問わず一律に児童の意見表明権を正面から規定することは困難であると考えられるためである」
「そこで、一定の年齢の下限を設定して意見表明権を保障するという方法をとるよりは、むしろ、年齢、成熟度、障害等の程度に応じてすべての児童の意向が聴取され、尊重されるほうがのぞましいと考え、児童の意向表明の機会を措置までの行政過程において実質的に保障する手段を講ずることとした。なお、この場合において、意向とは、意思とまでは至らない志向、気持ちといった意味をも含むものとして用いている」
以上ですが、本改正では、そのほかにも、児童もしくはその保護者の意向が児童相談所の措置と一致しない場合、児童相談所は児童福祉審議会の意見を聴かなければならない旨の規定も設けられています。
ところで、権利条約の批准から20年以上を経た2016年、児童福祉法は再び大きく改正されます。制定から約70年を経て、初めて児童福祉の根本原理に手が加えられたのです。第1条を見てみましょう。制定時は、次のように規定されていました。
第1条 すべて国民は、児童が心身ともに健やかに生まれ、且つ、育成されるよう努めなければならない。
すべて児童は、ひとしくその生活を保障され、愛護されなければならない。
これが、次のように改められました。
第1条 全て児童は、児童の権利に関する条約の精神にのっとり、適切に養育されること、その生活を保障されること、愛され、保護されること、その心身の健やかな成長及び発達並びにその自立が図られることその他の福祉を等しく保障される権利を有する。
(国民の努力義務については、第2条に移動)
本改正によって、権利条約の名称(児童の権利に関する条約)が本文中に初めて登場しました。また、児童を主語とした条文の文末が、改正前は「愛護されなければならない」と受け身の表現になっていて、子どもは保護されるべき存在とされていたところ、改正後は「権利を有する」と能動的表現になりました。つまり、子どもを権利の主体者として位置づけたわけです。
考えてみれば、権利条約は、当初から生きる権利、育つ権利、守られる権利、参加する権利の4つを条約の柱としており、子どもたちはこうした権利の主体者とされていました。ですので、日本が権利条約を批准した段階で、本改正は速やかに行われるべきだったと言ってもいいでしょう。ただし、それを政府の責任だけに帰することはできません。当時の日本は、子どもにかかる専門家、実務家を含め、国民世論として、こうした法改正を求める機運が醸成していなかったと思われるからです。
それはさておき、子どもを権利の主体者と位置づけた2016年の児童福祉法改正は、大変大きな影響をもたらしました。子どもの権利擁護について、私は恥ずかしながら、本改正で一つの到達点に達したと考えたのですが、これは到達点ではなく、むしろ出発点だったと、今にして思います。
事実、以後も頻繁な法改正が続き、2022年にも多岐にわたる改正が行われました。改正内容のほとんどは本年4月に施行されましたが、ここでは、児童の意見聴取等の仕組みの整備について見ておきます。新しい制度は3点あり、一つは、入所措置や一時保護等の際の児童相談所による意見聴取義務、次に、児童の福祉に関し知識又は経験を有する者による意見表明等支援事業(本事業は都道府県の努力義務とされています)、そして、児童の意見・意向表明や権利擁護に向けた必要な環境整備を都道府県の義務としたことです。これらの概略は図示していますので、そちらをご覧下さい(図2)。なお、ここでいう「意見」には、1997年改正児童福祉法で示された「意向」が意味するものの全てが含まれると考えてよいでしょう。
図2
新しい制度は施行されたばかりですが、すでに多くの自治体でこれらの取組みが始まっています。今後、現場でさまざまな実践を積むことで、より充実した制度となることが期待されます。
ここまで、日本における子どもの権利、特に子どもの意見、子どもの意見の尊重に関する経緯を概観してきましたが、海外に目を向けると、それぞれの国の歴史的な背景もふまえ、多くの国でいち早くこうした取組みが進められていました。そのような動向を把握し、日本での取組みに資するため、資生堂子ども財団では、早くから児童福祉海外研修を実施してきました。第1回研修(1972年度)以来、20か国で研修を行い、730名あまりが研修に参加しているとのことで、詳細な報告書が毎回発刊されています。
今回のWeb企画が貴重な点は、そうした海外研修に参加された方が、本テーマに関する各国の取組みをわかりやすく紹介するだけでなく、そこで得られた情報や、自身が触発された点を現場どのように生かそうとしたのか、具体的な実践も織り込みながら報告していることです。
「日本から多くの人が視察に来るけれど、その後、日本の取組みは何か変化したのか」
私はかつて、(特別寄稿を寄せていただいた)菊地さんにサポートしていただき、自主的な活動として2度にわたってカナダを訪ね、多くの学びを得たのですが、菊地さんからは、常にこのように問われていました。残念ながら満足できる回答ができず、忸怩たる思いをしていたのですが、今回執筆された皆さんの原稿を読ませていただき、その答えがここにあることを発見しました。まさに、海外で学んだことが日本の現場で具体的に生かされていたのです。資生堂児童福祉海外研修の重要性を痛感すると同時に、それをどのように受けとめ、実践に反映させているのかを示す本企画の意義をあらためて認識させられたのでした。新たにスタートした本企画が、大いに発展することを期待しています。
*1 正確には、児童福祉法規研究会編(1999)『最新・児童福祉法 母子及び寡婦福祉法 母子保健法の解説』(時事通信社)。当時、本書の記載は児童福祉法の公式的な解釈と考えられていました。
川﨑 二三彦
京都大学文学部哲学科卒。以後、京都府の各児童相談所で、心理判定員(児童心理司)、児童福祉司、児童福祉司スーパーバイザー等として約30年あまり相談業務に従事。2007年4月から子どもの虹情報研修センター研究部長となり、2015年4月から同センター長。著書に『虐待死 なぜ起きるのか、どう防ぐか』(岩波新書、2019年)、『うちに帰りたくないときによむ本』(監修、少年写真新聞社、2019年)など。
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