第44回
【2018年度】イギリス研修
これまで日本は、虐待対応システム、周産期からの福祉支援、被虐待児童の治療的ケア、家族支援、多分野協働、アウトリーチなどに関し、アメリカからと同様、イギリスからも多くの知識や技術などを取り入れてきました。第44回研修はイギリス研修とし、ワーキングトゥギャザーを基本精神とした同国児童福祉の制度・政策の概要および日本の政策への影響などを事前に学習し、現地では、視察を通してシステムの運用についての現状と課題、ケアの実際、児童福祉の近年の傾向を学びました。
<研修のポイント>
ムンローレビュー、虐待の予防的支援、地域支援、虐待対応における司法の関与、自立支援、人材育成、施設と里親の協働
研修参加者は、児童養護施設職員6名と施設長1名、乳児院職員1名、母子生活支援施設職員2名、児童自立支援施設職員1名、児童心理治療施設職員1名、児童家庭支援センター1名、子どもの虹情報研修センター研究部長1名の13名でした 。研修日程は13日間でした。
ムンローレビュー、児童保護対応への司法関与、ケアの実際、人材育成
イギリスでは、子どもに関わる全ての人に子どもの安全を守る義務があり、虐待対応などの児童保護は子どもの安全保障の一部と位置づけられていました。研修では、エビデンスに基づいて同定された虐待リスクにつながる家族の課題(toxic trio)への対応、予防的早期支援(アーリーヘルプ)、地域における実効性のある多機関協働のシステム、親子入所による関係性構築のアプローチ、子どもの願いと権利を尊重した児童保護プロセス、丁寧な裁判所の関与と子どもへのアドボケイト、高いレベルのフォスタリング、フォスタリング・施設・教育・治療による統合的支援、児童福祉分野の人材育成とキャリアアップ体系の確立などのポイントを通して「子ども中心」の理念がどう具体的実践に結びついているかを学びました。
また研修では、ヴィクトリア・クリンビエ事件(2000年)とベイビーP事件(2007年)などの虐待事件をきっかけとして失墜したソーシャルワークへの信頼を回復するために、イギリス政府が「児童保護の見直し」を依頼したアイリーン・ムンロー氏から講義を受けました。ムンロー氏は、2011年、児童保護のあり方について最終報告「The Munro Review of Child Protection(ムンローレビュー)」を提出し、そこで政府に対して15の勧告を提起しました。講義では、勧告のねらいは、地方自治体(児童保護当局)の対応を官僚的なものから子どもと家族中心のものへと直すことで、15の勧告のうち14の勧告を政府が取り入れ自治体の裁量が広がったこと、ワーキングトゥギャザーの改定に随分時間がかかったのは行政に子どもを優先しようとする姿勢が欠けているからであること、3分の2の自治体は勧告によって改善されたが残りはまだ官僚的であること、勧告の中心的精神はソーシャルワークへの政治的な側面の排除で、現場をよく知る専門家の意見を取り入れることだったことなどレビューが児童保護ソーシャルワークに与えた影響のほか、ソーシャルワーカーの専門性、児童保護システムを社会コンテクストにあわせて構築する必要性などについて話を聞きました。
(写真は、英国ソーシャルワーカー協会での講義の様子)。
記事作成日:2021年3月
訪問国 | 訪問地 | 視察先 | |
---|---|---|---|
イギリス | ロンドン | アイリーン・ムンロー氏(ロンドン・スクール・オブ・エコノミクス名誉教授)「The Munro Review of Child Pritectionについて」 | |
デイビッド・ゴフ氏(ロンドン大学教授、教育学部社会科学研究所所長)「日本とイギリスの児童虐待対応について」 | |||
ナオミ・ドイチ氏(ルーモスアドバイザー、認定ソーシャルワーカー)「児童保護における裁判所の関与」 | |||
小川 紫保子氏(人権問題研究協議会理事)「傷つきやすい子どもを援助する慈善事業団体とコミュニティ」 | |||
マイケル・キング氏(あしなが育英会ロンドン理事代表)「児童相談所 -The Family Bondと里親委託率」 | |||
ハートフォードシャー | ハートフォードシャー児童保護サービス機関 | ||
リーズ | リーズ市子どもの安全保障パートナーシップ(多機関協働) | ||
リーズ市児童保護サービス機関 | |||
ロンドン | Falcon Grove(入所型親子アセスメントセンター) | ||
リーズ | Adel Beck Secure Children's Home(非行少年保護施設) | ||
ソールズベリー | Five Rivers Child Care(フォスタリング、入所型ケア、教育による治療的総合支援) | ||
ロンドン | Foster Care Association South East(フォスタリングサービス) | ||
NSPCC(子ども虐待防止協会)カムデン支部 | |||
バーミンガム | BASW(英国ソーシャルワーカー協会) | ||
ロンドン | Child Action Poverty Group(児童貧困対策団体) | ||
The Lucy Faithfull Foundation(子どもへの性犯罪防止のための啓発団体) | |||
Women’s Aid (Domestic abuse対応機関連合) | |||
リーズ | Mermaid(トランスジェンダーの子どもと家族への支援団体) | ||
ロンドン | Refugee Council, Children Section(難民救助団体団体) | ||
The Foundaling Museum(捨てられた子どもの養育院ミュージアム) |
※報告書に記された順番、名称や表現に準じて記載
コラム
イギリス児童福祉における協働と連携
第44回研修団員 児童家庭支援センター のば こども家庭支援センター
心理相談員 工藤真祐子
イギリス視察研修では、機関の協働や職種の連携、社会的擁護の児童に対しての総合的な支援方法などさまざまな『協働、連携のあり方』を学ぶ機会となりました。
児童家庭支援センターで勤務している私にとって特に印象的だった取り組みは、児童虐待の早期発見・早期支援です。イングランドにあるハートフォードシャー州では『アーリーへルプ』という児童虐待対応の仕組みを作り、家庭内で虐待が大きくなる前に関係機関が関わりを持つことで親子分離することなく家族とともに暮らしを続けていけるような支援を行っていました。アーリーヘルプでは、学校や訪問看護師など家族に身近な存在の機関が協働して、虐待と思われる家庭を発見したらすぐに対応できるようなシステムが作られていました。
私自身、研修で機関協働の大切さを改めて感じ、帰ってきてからは今まで以上に関係機関との情報共有、支援の分担を意識して行うようになりました。区役所や児相とはもちろんですが、特に子どもが日々過ごしている学校や保育園と協働することが良い支援に繋がっていると感じています。また関係機関と顔見知りになることで、学校から気になるお子さんについての相談があったり、保護者へのアプローチが必要と感じる家庭の相談があったりと、支援が必要な世帯の早期発見・早期支援に繋がっているようにも感じます。
視察をさせていただいた中で、もうひとつ重要だと感じたのは人材の確保と育成です。イギリスではソーシャルワーカーの資格取得方法としていくつかのコースが用意されており、資格取得後の育成プログラムも整っていました。日本の現場では人手不足を感じずにはいられない状況なので、人材の確保・育成は非常に重要だと思います。視察時も何度も耳にした、『こどもの最善の利益』の為に働いてくださる方が今後増えていってもらえるように、児童福祉のお仕事を多くの方に知って頂けるよう私自身も努めていきたいと思います。
コラムを読む
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- イギリス児童福祉における協働と連携 工藤真祐子さん(第44回)
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