第29回
【2003年度】オーストラリア、ニュージーランド研修
第29回研修は、「地域社会を巻き込んだ家庭支援」をテーマに、オーストラリアとニュージーランドで研修を行いました。主な研修内容は、子どもを一人の人間として大切にする権利擁護の考え方と法制度、地域社会や親族を巻き込んだ家庭支援(再統合)のための総合的なプログラム、多様な地域ニーズに応じたサービス、ケア経験者が中心となる自立支援、ニュージーランド独自の先進的な精神・心理治療サービスでした。
研修参加者は、児童養護施設職員7名と施設長1名、乳児院職員2名、児童自立支援施設職員1名、情緒障害児短期治療施設職員2名の13名でした 。研修日程は14日間でした。
地域社会を巻き込んだ家庭支援
オーストラリアとニュージーランド、どちらの国も、児童福祉の中心は子どもや家庭、地域を含めた地域支援型で、里親やグループホームといった個人や小規模集団によるコミュニティを巻き込んだ支援となっており、施設入所型の支援は少数でした。子どもの問題は家庭の問題、家庭の問題は地域の問題、地域の問題は国の問題、として国をあげて家庭支援と地域支援に取り組み、その傾向はさらに強まりつつあると予想されました。地域支援型の政策の基本には、家庭と地域が協力して子育てを行い、児童が問題を起こした場合にはコミュニティの力を借りて更生させようとする考え方がありました。施設のような入所型支援は、こうしたコミュニティでのケアが無理であると判断された場合に行われるもので、触法行為、薬物依存、人格障害や精神障害といった専門的なケアを要する子どもが、綿密なケアブランに基づいたプログラムを受けていました。施設入所型支援でも、家族とのかかわりを維持し、家族が何らかの形でケアプランに参加するようになっていることが特徴でした。
オーストラリアにはアボリジニ、ニュージーランドにはマオリという先住民がおり、どちらも200年以上に渡って迫害を受けてきた歴史があり、生活水準や教育レベルの低さ、貧困、子どもの犯罪率の高さが社会問題となっていました。問題解決のために、オーストラリアは州単位で、ニュージーランドは国レベルで、アボリジニやマオリの文化を受け入れて理解し、排除ではなく共生していくことに努めていました。この文化理解への取り組みは国の政策にも影響を与え、ニュージーランドでは、「子育ては家庭とともに地域で行うものであり、親も同時に養育されていくもの」というマオリの伝統的思考が法律の理念にも取り入れられ、子どもだけに絞った児童福祉政策から地域支援型の児童家庭政策への移行に重要な役割を果たしていました。
(ニュージーランドのファミリーセンターではマオリの歓迎の儀式で迎えられました。写真はその時の様子)。
記事作成日:2021年3月
訪問国、訪問州 | 訪問地 | 視察先 | |
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オーストラリア ニューサウスウェールズ(NSW)州 |
アッシュフィールド | NSW州コミュニティサービス省 (DoCS) | |
シドニー | ファミリーズファースト | ||
パラマタ | チルドレンズガーディアン(子どもの後見人事務所) | ||
シドニー | 児童福祉機関協会(ACWA) ・地域福祉トレーニングセンター(CCWT) |
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メリーランズ | ユースオフザストリート(薬物中毒、被虐待児童の施設) | ||
シドニー | クリエイトファンデーション(インケア体験者運営の組織とプログラム) | ||
NSWコミッション(子どもの福祉・安全に関する調査、政府への提言) | |||
ランドウィック | 子どもと青少年のための法律センター | ||
オーストラリア ビクトリア州 |
メルボルン | ベリーストリートビクトリア(州最大児童家庭福祉機関、TAKE TWO(新しい治療的サービスプログラム)など) | |
グレンロイ | マキロップファミリーサービス北支部(教育と施設を融合させた取り組み) | ||
メルボルン | ゲートハウス児童虐待専門センター | ||
アングリケアビクトリア(家庭支援、里親へのサービス、家庭内暴力などへの支援やサービス) | |||
ニュージーランド | ウエリントン | ニュージーランド児童・青少年・家庭サービス局 | |
エプーニレジデンシャルセンター(法的養護を必要とする子どもの施設) | |||
ロワーハット | ファミリーセンター(ジャストセラピー) | ||
ウエリントン | バーバードスナショナルオフィス(早期ケア、学習サービス、特別ケア(里親、レスパイト、TPAR治療など)) | ||
子ども委員会事務所(子どもの権利を守るしくみ) |
※報告書に記された順番、名称や表現に準じて記載
コラム
多民族国家でみた家族を支える支援からの学び
第29回研修団員、第44回研修団長 児童養護施設 杉並学園(東京)施設長 麻生信也
2003年秋、南半球は桜の季節を迎えていた。第29回資生堂児童福祉海外研修の訪問国は、ニュージーランドとオーストラリア、テーマは「地域社会を巻き込んだ家庭支援」であった。久しぶりに当時の研修報告書を読み返した。児童虐待の予防的支援(早期介入、アウトリーチ)、警察との情報共有による連携、施設の小規模化と地域分散化、施設が提供する在宅支援、被虐待児童に対する治療的支援、子どもの権利擁護と当事者参加などが誌面に登場していた。例えば、児童保護機関でのケースワーカーの増員、心理療法士や弁護士を採用しての機能強化、さらに妊娠期間中からのサポートなどが説明されていた。グループホームを運営する民間機関は、ショートステイやカウンセリングといった在宅支援に取り組み、治療的プログラムが試行されていた。支援の提供にあたっては、家族の持つ背景(人種や民族の歴史、文化など)を理解することが重要視されていた。「地域を巻き込んだ家庭支援」とは、「虐待の早期発見と保護」から、家庭から離れる子どもを最小限にするための「地域での予防的支援」へのシフトチェンジを意味していた。こうした理念を実現するための斬新なアイデアとプログラムは、実践と検証の繰り返しによってその効果の確かさや、社会に対する発信力を高めようとしており、そうした姿に団員は驚き、憧れたものだ。
2018年秋には、第44回研修が児童福祉先進国と言われるイギリスを訪問して実施され、私は幸いにも参加する機を得た。そこでは、課題のある家庭への早期支援の実践と検証がエビデンスを生み、制度や支援の精度や信頼を高めていた。また民族や人種はもとより、難民や性的マイノリティーなどを含めた多様性が尊重され、課題を抱えた子どもや家族の理解には、不適切なかかわりが起こった[context(文脈)]を考えることが重要と強調された。これまでを検証し、これからに貢献できるようでありたい。
コラムを読む
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