第43回

【2017年度】ルーマニア、ドイツ研修

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第43回研修は、ルーマニアとドイツで行いました。

<ルーマニア研修>
チャウシェスク政権下では、多くの子どもが乳幼児期から国営の劣悪な大型施設での集団養育を受け、1989 年の政権崩壊時は 10 万人の子どもが施設で暮らしていたとされています。第43回研修では、かつてのルーマニアの施設で育った子どもたちが抱えていた課題や、その子どもたちへの支援と予後についての国際的研究から、乳幼児期からの子どもの発達についての理解を深めました。また現地視察では、民主化後のルーマニアにおける児童家庭福祉制度と施策の変遷と概況を学び、子どもの回復を支え、さらに一歩踏み込んで次の世代へ負の連鎖を断ち切るため、日本の児童福祉現場に求められるビジョンと支援のあり方について考えました。
<ドイツ研修>
1990 年の東西ドイツ統一以来、経済発展と福祉制度の両立がドイツの課題となっていました。加えて2014年の移民の流入により、社会政策の転換が求められていました。また少子高齢化や格差拡大、女性の社会進出の遅れなどは、日本と共通した社会的課題でもありました。第43回研修では、旧東・西ドイツを包摂するベルリンにて子どもと家族をめぐる制度・政策の理念と歴史的変遷、現状と課題、施策の具体的展開を学び、日本の次世代育成と児童家庭福祉政策を振り返り、社会的養護に関わる立場で果たすべき役割を考えました。
研修参加者は、児童養護施設職員7名、乳児院職員2名、母子生活支援施設職員1名、児童自立支援施設職員1名、児童家庭支援センター1名、大学教授1名の13名でした 。研修日程は13日間でした。

1989年以降の児童家庭福祉、次世代育成、
子どもの回復を支えるビジョン

ルーマニアとドイツは両国ともに、国のターニングポイントとなった1989年から比べると経済的に大きな発展を遂げ、福祉の状況も改善しました。しかし、ルーマニアでは社会主義時代の政策の影響が色濃く残り、「子どもを学校に通わせる」「子どもを遺棄させない」ことが家族援助の主要な課題のひとつとなっていました。ドイツでは、過去の南北ドイツの地域間格差がところどころにみられ、難民の流入によって国のソーシャルサービス力が問われていました。しかし、過去の施設内暴力への補償制度、難民政策、内密出産法の導入など現実的かつ多様性を重んじる児童福祉を推進し、過去の教訓から「民主的であること」を絶対的価値として貫いていました。

2017年夏、「新しい社会的養育ビジョン」が発表され、研修団は「ビジョン」を意識して研修に臨むことにもなりました。
ルーマニアは、2000年代からEU加盟を目標にしていました。子どもの権利擁護の推進は加盟要件のひとつだったため、大規模収容施設の閉鎖と里親や小規模施設の拡充を急速に進めていました。要保護児童対策としての代替的養護は、親族や知人による養育、里親委託、入所施設の3つで、それぞれ3分の1ずつの割合となっていました。
ドイツでは里親と施設の割合はほぼ1対1でした。連邦政府家族・高齢者・女性・青少年省で将来の社会的養護のビジョンを聞いたところ、「里親は重要な資源だが、量的にも質的にも施設の代わりになりえず、里親委託と施設入所のどちらがよいのかはケース次第。国としては、施設養護の質を向上させ、1960~70年代に西ドイツの施設で起きていた暴力行為のような状況が生じないように、施設職員の教育の改善し、施設に対する監視と子どもに対する保護の強化し、建物を子どもに適した形に変えていくことが重要」と回答していました。
(写真は、SOS子どもの村ベルリンの建物の1階にある誰でも利用できるカフェ)。

記事作成日:2021年3月

訪問国 訪問地 視察先
ルーマニア ブカレスト 労働社会司法省 児童保護及び養子縁組庁
ブカレスト市第1区社会福祉・児童保護局 児童保護部
Casa Bradut(社会的養護の障がい児施設)
SOS子どもの村ルーマニア
FONPC(子どものためのNGO連合組織)
Anais(家庭内暴力防止、家族支援組織)
セーブ・ザ・チルドレン・ルーマニア
ドイツ ベルリン ドイツ連邦 家族・高齢者・女性・青少年省 子ども・若者局
ベルリン州教育・青少年・家族局
児童保護センターベルリン
ドイツ児童保護連盟ベルリン支部
ドイツ児童保護連盟ベルリン支部保育所
Lebens Welt(移民・難民の背景を持つ児童・青少年の支援団体)
ドイツ児童保護協会 ※訪問はせず保育園での対応
BIG(女性への暴力防止、被害者支援組織)
SOS子どもの村ベルリン
ホテルロッシ 子ども大使館SOS子どもの村
セントヨーゼフ病院赤ちゃんポスト


※報告書に記された順番、名称や表現に準じて記載

コラム

日本における児童福祉用語の変遷について

第43回研修特別講師 明星大学(東京)人文学部常勤教授 川松亮

時代とともに言葉遣いは変わっていくものだが、福祉分野で用いられる言葉は、当事者の権利擁護に対する認識の高まりとともに、使用される用語が変遷をしてきている。総じて言うと、当事者を支援の対象者としてとらえる視点から脱し、一人一人の主体性を尊重する視点へと転換してきていると言えよう。また、当事者への差別的な語感を伴わない言葉へと転換する方向が追及されてきたとも言える。こうした変化は、実践の場で徐々に言い換えが進められ、そののちに法改正で名称が変更される場合もある。いくつかの言葉を取り上げてその変化の意味や背景をさぐりたい。

《精神薄弱から知的障がいへ》
知的機能の水準が遅れている状態を表す用語として、長らく「精神薄弱」が使われてきた。戦後制定された学校教育法や児童福祉法でこの言葉が使われ、また1960年には精神薄弱者福祉法が制定されている。一方、医学用語としては従来から「精神遅滞」(mental retardation)が定着している。
しかし、「精神薄弱」という言葉には、精神全般に欠陥があるかのような語感を抱かせ、当事者の人格を否定するようなニュアンスが伴う。そこでこの言葉を替える必要性が主張され始め、1990年から1993年にかけて日本精神薄弱者福祉連盟での検討が行われた結果、「知的障害」という言葉が選択された。その後、厚生省(当時)に設置された研究班における検討を経て、1995年に「精神薄弱」に替えて「知的発達障害」または「知的障害」とするとの結論となった。 1998年には「精神薄弱者福祉法」が「知的障害者福祉法」に改名され、合わせて各種法律の「精神薄弱」の言葉が「知的障害」に変更された。医学用語としての「精神遅滞」は継続して使用されているが、「知的障害」とすることで、言葉に伴う不快感が比較的少なく、他の障害種別と横並びになり、行政サービスに位置づけやすくなった。 なお、「障害」の「害」の文字に対しても負のイメージがあるとして、「がい」と分かち書きにする場合が増えている。または、「碍」を用いる場合も見られる。「障がい」とする標記の柔らかさから自治体の組織名などで採用されることが多いが、これに対しては、社会の側が壁を作って害を生み出しておりそれを改善しなければならないとする考え方から否定的な意見も出されている。

《収容から入所へ、処遇から支援へ》
当事者の権利擁護の考え方への転換は、施設における当事者への関わり方にも反映されて用語が変わってきている。例えばかつて多く見受けられた施設への「収容」という言葉は現在では使用されることはなく、「入所」という言葉が使われている。収容保護の考え方は、パターナリズム(父権主義)に基づく与える福祉といった色合いが濃いものであり、またノーマライゼーションの思潮が浸透するにつれて、脱施設化による在宅支援も強調されるようになり、そういった事情を反映して「入所」という言葉に替わってきたと思われる。
あるいは、施設入所中の当事者への関与を表す言葉として「処遇」という言葉が多用されてきたが、これもまた「支援」という言葉に置き換わってきている。「処遇」という言葉には、「あつかう」といった一方的な評価に基づいた対応という語感がある。現在の福祉における支援は、当事者の主体性を尊重してその選択を重要視すること、当事者との対話により関わりの方向性を見出していくこと、当事者の願いや思いを大切にすることなどが重視されている。こうした観点からは、「処遇」よりも「支援」の方が適切と考えられると言えよう。なお、厚生労働省が通知している児童相談所運営指針において、児童相談所の援助方針を決めるための会議の名称がかつては「処遇会議」として示されていたが、2004年の児童福祉法等改正を受けた2005年2月の同運営指針改定において、「援助方針会議」と名称が改められている。上記のような考え方の変化に伴って、この時期に改名されたものと言えよう。

《施設名称の変更》
各種児童福祉施設の名称も変化してきている。最も大きな名称変更は、1997年の児童福祉法改正によるものであった。
この年の改正では、かつて存在した虚弱児施設が児童養護施設に統合され、施設名としては存在しなくなっている。その児童養護施設は改正前には養護施設とされていたものである。さらにこの時の法改正では、それまで母子寮とされていた施設種別が母子生活支援施設に、教護院とされていた施設種別は児童自立支援施設へと改名された。この法改正の趣旨の一つが、各種施設における「自立支援」の強化であり、法文上の目的規定に書き込まれたばかりでなく、教護院の名称はまさにその意味を体現する改称となった。さらに、2016年の児童福祉法改正により、情緒障害児短期治療施設が児童心理治療施設に名称変更している。
このように考え方の変化が名称や使用される用語の変化としてあらわれている。今後も福祉思想の変化によって、新しい言葉が生み出されていくものと思われる。これは進歩であると受け止めたい。

第43回 資生堂児童福祉海外研修報告書

2017年43回

第43回 資生堂児童福祉海外研修報告書

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