第40回
【2014年度】アメリカ研修
社会的養護の現場では、虐待を受けた子どもたちのケア、その家族への支援、さらには家族と子どもとの関係調整に苦慮しており、児童虐待問題とどう向き合っていくかが中核的なテーマとなっていました。日本は、児童虐待問題への取り組みについて、アメリカから多くのことを学んできました。近年、介入中心だったアメリカの児童虐待対応施策において、予防的支援の重要性が強く認識されるようになりました。従来、予防的支援はヨーロッパ諸国でとくに重視されていたものでしたが、アメリカでも力を入れ始めていることは注目すべき点でした。また児童虐待に対する知見や取り組みの趨勢を確認することも重要として、第40回研修では、アメリカを訪問し、改めてその児童福祉施策の展開を学ぶとともに、予防的支援や介入の現場で活用される最先端の知識を学びました。
研修参加者は、児童養護施設職員7名、乳児院職員1名、母子生活支援施設職員1名、児童自立支援施設職員1名、情緒障害児短期治療施設職員1名、児童家庭支援センター1名、大学教授1名の13名でした 。研修日程は15日間でした。
アメリカの福祉施策の展開、
予防的支援と介入の現場で活用される知識
アメリカの児童保護システムの変化として早期の予防的支援の強化があり、児童保護システムに入ってきたハイリスクでないケースにも、予防サービスを提供することが推進されていました。多くのCPS(Child Protective Services)機関は、「ディファレンシャル・レスポンス」を取り入れ、リスクが軽度・中度の家族に対しては「調査」ではなく「代替対応」(家族のアセスメント)を行い、家族のストレングスに焦点を当て、ともに必要な支援を見つけ(ファミリーセンタード)、地域に根差した(コミュニティベースト)予防サービスにつなげていました。また、リスクの高い家族に対しても、できるだけ分離に至らないように、ニュージーランドで開発されたFGDM(Family Group Decision Making:国際的にはFGC(Family Group Conference)と呼ばれる)などを取り入れて、家族と協力関係を構築し、家族機能を高めるエビデンスベーストプログラムを提供していました。そして家族分離になる場合も、まずキンシップケア(親族ケア)を考え、家族との関係、人種的なつながり、文化の継続性を尊重していました。
こうしたコミュニティベーストの支援を大きく支えているのが、エビデンスベーストプラクティスで、犬塚峰子研修団長は、報告書で、研修で最も深く印象づけられたのは、有望な実践には助成金によって大規模な効果研究が実施され、効果が確認されるとそれを推進するために支援者の教育を実施して普及活動に努め、さらに効果の検証を繰り返してエビデンスを確かなものにしていくという、実践・研究・教育の三位一体での推進だったとしています。特に有効と研究で実証されたプログラムは連邦政府が奨励し、普及のための資金の確保についても法律(CAPTAの改正)に組み込まれていました。こうしたエビデンスベーストプラクティスによる支援は全国に普及しつつあるようにみえましたが、マルトリートメント対策の課題について聞いたところ「必要なニーズに対して、必要な支援に結びつけることが十分にできていない」(ジョン・フルーク:ケンプセンター)との返答があり、道半ばという認識であったと報告書には記されています。
(写真は、コロラド州ヒューマンサービス局での講義の様子。コロラド州では、ディファレンシャル・レスポンスを導入し、また児童福祉におけるパーマネンシ―を「家族と一生、一緒にいること」と定義して在宅支援を最優先としていました)。
記事作成日:2021年3月
訪問州 | 訪問地 | 視察先 | |
---|---|---|---|
コロラド州 | オーロラ | ケンプセンター(児童虐待とネグレクト予防・治療センター) | |
フォートコリンズ | コロラド州ヒューマンサービス局 | ||
ラリマー郡ヒューマンサービス部門児童青少年家族課 | |||
オーロラ | アラパホ郡ヒューマンサービス部門児童青少年家族サービス | ||
デンバー | デンバー警察(マルチディシプリナリーチーム) | ||
州立デンバー少年裁判所 | |||
デンバー郡裁判所少年部門 | |||
コロラド少年擁護者連合 | |||
ワシントンDC | ジェニー・G・ノル博士(ペンシルベニア州立大学Human Development and Family Studies教授)性的虐待被害者の疫学的調査とその研究結果について | ||
ニューヨーク州 | ニューヨーク | ニューヨーク市児童サービス局 | |
セーフホライズン(犯罪・虐待被害者支援団体) | |||
マンハッタン・チャイルドアドボカシーセンター | |||
マンハッタン検察局児童虐待ユニット | |||
ブルックリン | 州立ブルックリン家庭裁判所 | ||
ニューヨーク | ニューヨークファウンドリング(民間福祉団体) | ||
ドブスフェリー | チルドレンズビレッジ レジデンシャルスクール | ||
非公開 | ニューヨークアジア人女性センターNYAWCシェルター | ||
ブルックリン | マスタードシード(性暴力加害者支援団体) | ||
ニューヨーク | ニューヨーク大学チャイルドスタディセンター(子どもの精神疾患治療・研究センター) |
※報告書に記された順番、名称や表現に準じて記載
コラム
アメリカのエビデンスベーストプログラムとその実践
第40回研修団員 児童心理治療施設 さざなみ学園(滋賀)
療育部長 野々村一也
アメリカの児童虐待対応の歴史をみると、もともと虐待の起こった家庭から児童を分離して対応していたが、施設などの受け入れ先である”箱物”が不足した。、また分離後、家庭へ復帰すると児童虐待が再発する割合が高かった時期があった。それは虐待が起こる家族の関係が変化しなかったからだ。被虐待児は、その後遺症として、実際に虐待が行われていない場面でも、感情や行動上の問題を呈した。主たる虐待者は、内外の要因が解決するか、変化していないと、再び虐待を起こしてしまう。
2014年、私たちが研修で学んだ中の一つには、こうした状況に対して、効果のあることが実証されたプログラム(エビデンスベーストプログラム)が提供されていたことが挙げられる。プログラム/プラクティスには、早期の安定を図るもの、子どもの行動感情面の問題に焦点を当てたもの、虐待が再発しないためのシステムを構築するもの、親子関係を変化させるためのもの、虐待によって生じた素行障害を治療するもの、フォースターケアをサポートするものなど、多くの種類があった(報告書43~44ページ参照)。これらはすべて、家庭から分離するのではなく、むしろ、家庭的養護のなかで虐待の再発を防止しようとする理念に基づいていた。実施の主体は、州や郡や市の公的機関だけでなく、民間団体が委託を受けて提供する場合もある。見学した民間団体では、プログラムを実施するセラピスト、そのスーパーバイザ―、そしてプログラムアナリストがおり、スーパーバイズだけではなく、プログラムがプログラム通りに実施されているかを分析する係もチームにいて、とても驚いた。
現在私はこの中の機能的家族療法を実施している。ニューヨークで見聞きしたことに大いに触発され、解説教本を手に取り、ケースに向き合っている。
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