海外研修について海外研修テーマと
時代背景

時代で追う海外研修のテーマ

資生堂社会福祉事業財団は、1972年から一貫して日本の児童福祉の向上と発展を目的にした海外研修事業を行ってきました。過去から現在までの研修報告書を振り返ると、次世代育成、障がい福祉、医療、少年司法、社会的養護など、研修のテーマと対象に変遷が見られます。
ここでは、海外研修が開始された1970年代から現在までの研修のテーマや内容を、子どもや家族をめぐる時代の動きとともに振り返ります。

※文中の「海外研修」、「研修」は、資生堂社会福祉事業財団が主催する資生堂児童福祉海外研修を指します。

1972~1979年

海外研修のスタート時期
<福祉全般に社会の目が向けられた時代>

第4回研修 コペンハーゲンのガラクタ児童遊園


子どもと家族をめぐる時代背景
海外研修事業の根拠となる当財団の設立趣意書(1972年)には、下のような記載があります。

「わが国の発展は近年誠に目ざましいものがあり、特に経済面での繁栄は国民生活水準の向上、生活様式の改善をもたらしました。 しかしながら、この70年代が人間性復活の時代といわれながらも、その実情は国民の福祉、生活環境にまだまだヒズミが生じている面がみられ、調和ある社会の建設が望まれているものと考えられます。
このような現状から財団設立にあたっては、社会福祉事業への助成、特に次代の担い手を育くむ婦人および児童の福祉の充実、向上を国際的視野からはかり、時代に即応した事業活動を行なうことを目的としています。」

趣意書にある通り、当時の日本は、オリンピックを経て交通網などのインフラ整備が進み、GNP(国内総生産)も西ドイツ(当時)を超えて世界2位となるなど大きな成長と発展を遂げていました。国の財政が安定し、国民の生活が豊かになり、政府も市民も、社会的課題と福祉に目を向けるようになっていました。

経済成長のもと女性の社会進出も進みました。1960年代後半からのウーマンリブ運動の高まりもあり、女性の生き方や働き方に選択肢が広がった時代ですが、「男性は外で仕事をし、女性は家庭を守るもの」、「子育ては家庭でするもの」という意識が根強くありました。そのようななか、生後間もない赤ちゃんの遺体がコインロッカーで発見される事件(コインロッカーベイビー)や棄児の事件が続発しました。メディアでは、これらは「母性喪失」として論じられ、母親の育児責任が強調されることが多かったようです。また、働く女性が増えて保育の需要は増加しましたが、保育施設の整備は進まず、社会も行政も子育てを女性に任せきりとしていた風潮がありました。

第3回研修 団員にさよならをするチルドレンズホームの子どもたち(ロンドン)

海外研修について
児童福祉の文脈では、子どもが健全に育つ環境づくりに関心が寄せられるようになりました。社会的養護の分野では、戦災孤児や浮浪児の保護・収容から施設設備や養育技術へ焦点が移り、貧困や非行といった以前から存在した問題への対応の強化や、障がい児への支援システムの整備が進みました。

1970年代の海外研修のテーマは、障がい者援助(技術、設備運用、ソーシャルワーク)、児童の健全育成、非行少年支援、施設と里親、母子福祉と幅広い分野にわたりますが、特に、障がい児医療・福祉、乳児院と虚弱児施設、養護施設と母子施設、児童館と子どもの国、教護院など、参加者の種別を絞り、関連施設を集中的に視察していたのが特徴的です。

元号 年号 社会のできごと 子ども、女性、家族にかかわるできごとや事件
昭和45年 1970 大阪万博開催、よど号事件、70年安保、人口1億人突破 ウーマンリブ大集会(ニューヨーク)、コインロッカーベビー(2件)、女子雇用者中既婚者が5 割超える
昭和46年 1971 成田空港反対闘争、環境庁発足 中教審四六答申 落ちこぼれ問題、第二次ベビーブーム(~1974年)、未婚の母問題化、コインロッカーベビー(3件)、児童手当法制定
昭和47年 1972 沖縄返還、日本列島改造論、札幌五輪、公害病訴訟 <資生堂社会福祉事業財団設立、海外研修開始>
コインロッカーベビー事件(8件)、東京で捨て子増加(90人)
昭和48年 1973 オイルショック、日航機ハイジャック事件、政府「福祉元年」を宣言 コインロッカーベビー事件(46件)、乳児院入所児童の1割が未婚の母の子ども(316人)、宮城県医師による赤ちゃんあっせん事件、厚生省が児童の虐待、遺棄、殺害事件を調査
昭和49年 1974 高校進学率90%超過
昭和50年 1975 ベトナム戦争終結 離婚12万件過去最高、乳幼児死亡率(1歳未満)2万人を切る
昭和51年 1976 ロッキード 虐待を受けた児童とその家族の研究(大阪府児童相談所)、戦後生まれ過半数に
昭和52年 1977 成田闘争、王貞治ホームラン世界記録 1歳6か月検診開始、小・中学習指導要綱告示
昭和53年 1978 宮城県沖地震、日中平和条約調印 「子どもの権利条約」草案をポーランド政府が提出、家庭内暴力顕在化(少年非行戦後第3のピーク)、高学習指導要領告示、紙おむつ発売
昭和54年 1979 第二次オイルショック、インベーダーゲーム流行 国際児童年、国連人権委員会に「子どもの権利条約」作業部会設置、国立大学共通一次試験実施 池田由子『児童虐待の病理と臨床』

1980~1989年

現在につながる研修テーマの登場
<社会福祉改革の時代>

   

第10回研修報告書表紙


子どもと家族をめぐる時代背景
1970年代、女性の社会進出が進んで保育の重要性は増しましたが、保育施設の整備は一向に進んでいませんでした。1980年、夜間や休日に働く母親が利用していた認可外保育施設(ベビーホテル)での乳幼児の死亡事故が相次ぎ、翌年、夜間保育、延長保育が制度化され、子育ての社会化(子育ての責任を家庭任せにせず社会全体で担うこと)が一歩進みました。一方で、家庭で子育てをする母親が抱えていた問題はあまり認識されず、「育児不安」という言葉が『厚生白書』に登場したのは1989年版でした。

1980年代は、1970年代後半から目立ってきていた校内暴力やいじめなどの学校の問題が大きな社会問題となりました。また経済的には中流家庭の、両親が健在で成績もそれほど悪くない、一見、普通の少年に非行が起き、非行の一般化などと言われたのもこの頃のことです。

海外研修について
1973年、高い経済成長を背景に、日本政府は「福祉元年」を宣言しました。「経済成長なくして福祉なし」というかけ声の下で拡充していた福祉ですが、その後、変動相場制への移行や2度のオイルショックによって経済成長率が大きく低下し、1981年、福祉は「肥大化した」財政的見直しの対象となりました。経済成長を前提とした社会福祉のあり方を打ち破るための改革が始まり、1984年、全国社会福祉協議会は「今後の児童施設のあり方研究会」を設置しました。当財団でも、児童福祉の方向性を探る研修を企画し、対象者を児童福祉施設の施設長、副施設長、主任に絞り、「新しい施設養護の展開-自己改革への課題-」(1982年)、「施設の社会化一児童養護のネットワークづくりをめざして…」(1984年)を議論する研修なども行いました。

「施設の社会化」は、1981年の国際障害者年をきっかけに普及したノーマライゼーションの影響により、主に障がい者福祉分野が先鞭をつけて、当事者の自立と社会参加を促進するしくみとして施策に反映していったものでした。海外研修でも、施設入所中心の児童福祉施策に家庭支援や地域化の要素をどう加えるかの検討が行われました。1984年のオーストラリア研修報告書では、「ノーマライゼーションの考え方が基本となって、社会的養育の主軸が大型収容施設から地域社会で生活を営む小さなファミリー・グループ・ホームに移行している状況をみて、問題行動をもつ児童が多くなるなか、養育者がそれら児童をどう指導しているか疑問に思った」といった記述も見られます。

ここでいう“問題行動”のある子どもとは、複雑多様な背景がある、非行や情緒的な課題などを抱えた子どものことでした。当時の日本の児童福祉の現場では、こうした要保護児童への対応が重点課題となっていました。児童の養育全般についての相談を受ける児童相談所の役割も重要かつ大きくなっており、当財団では、児童相談所職員と、施設のスーパーバイザークラスの職員を対象に、「家庭の病理からくる情緒障がい児・家族への指導と治療、社会不適応児の社会復帰支援」というテーマの研修を実施しました(1985年)。また1987年、1988年と連続して、「非行傾向を示す児童の処遇問題」をテーマにした研修も行っています。

1980年代は、「施設の小規模化と専門化」、「治療的支援」、「地域社会関係」、「コミュニティ」、「予防サービス」、「機関連携」、「施設養護と家庭養護」、「パーマネンシー」など、現在の研修においても重要な検討項目がテーマとして登場しました。また、9回実施した研修のうち5回はアメリカを訪問しています(その他オーストラリアが2回、ヨーロッパが1回)。児童福祉改革が検討されたこの時代、アメリカから多くのことを学んだことがわかります。

元号 年号 社会のできごと 子ども、女性、家族にかかわるできごとや事件
昭和55年 1980 竹の子族話題に、イランイラク戦争 ベビーホテル等の認可外保育施設の問題、「女子に対するあらゆる形態の差別の撤廃に関する条約」(前年、国連総会で採択)署名
昭和56年 1981 大卒公募は男子のみの企業73% 児童福祉法改正(認可外施設の監督強化、延長保育)
昭和57年 1982 東北、上越新幹線開業 乳児死亡率世界最低に(1000人あたり6.6人)
昭和58年 1983 日本海中部地震、三宅島噴火、女性初の地方裁判所長 校内暴力(1981~1983)ピーク、「児童虐待調査研究会による調査」
昭和59年 1984 グリコ森永事件、ロス疑惑、長野県西部地震 「いじめ白書」、臨教審(~1987)、国籍法・戸籍法改正、既婚女性の5割以上が働く、妊娠判定薬発売 全社協に「今後の養護施設のあり方研究会」設置
昭和60年 1985 プラザ合意、女性の平均寿命世界で初めて80歳超す、厚生省血友病のエイズ患者を初認定 男女雇用機会均等法成立、未熟児(2,500g以下)出生増加(厚生省調査5.7%) 児童虐待調査研究会『児童虐待』刊行
昭和61年 1986 地価高騰、伊豆大島三原山噴火、社会党委員長に土井たか子氏 女子中高生テレクラ利用増加、鐘の鳴る丘少年の家『天使の宿』(赤ちゃんポスト~1992年)
昭和62年 1987 国鉄民営化、ブラックマンデー アグネス論争(児童福祉法制定から40年)
昭和63年 1988 リクルート事件 サラリーマンの妻の専業主婦率5割を割る、15歳未満人口が総人口20%を割る
昭和64年
平成元年
1989 昭和天皇崩御、消費税導入、セクハラ問題化、天安門事件、ベルリンの壁崩壊、日経平均が史上最高値 国連「子どもの権利条約」採択、小中高学習指導要領告示、「1.57」ショック、大学進学率男女逆転(短大含む)

1990~1999年

子どもの権利と児童福祉のあり方検討の研修
<子どもの権利条約以後>


子どもと家族をめぐる時代背景
1990年、前年の合計特殊出生率が1.57と、「ひのえうま」だった1966年の1.58を下回ったことが社会に衝撃を与え、「1.57ショック」と呼ばれました。少子化を問題として認識した政府は、仕事と子育ての両立支援など、子どもを生み育てやすい環境をつくるための対策を講じ始めました。それが1994年、1999年にそれぞれ策定された「今後の子育て支援のための施策の基本的方向について」(エンゼルプラン)と「重点的に推進すべき少子化対策の具体的実施計画について」(新エンゼルプラン)です。これら計画では、保育サービスの拡充のほか、雇用、母子保健・相談、教育等の事業も加えた幅広い内容の目標が掲げられました。

エンゼルプランが打ち出された1994年は、日本が、「国連子どもの権利条約」を批准した年でした。子ども福祉向上の機運が高まり、子どもオンブズマンの制度の導入や子どもの権利条例の制定を行った自治体もありました。しかし、児童福祉法に「子どもの権利条約」が基本理念として明記されたのは20余年後の2016年のことでした。

第20回研修 インケアの若者の思いと主張を伝えるPARK(トロント)の発行物

海外研修について
1989年、国連で「児童の権利に関する条約(以下、子どもの権利条約)」が採択されました。それを受けて当財団では、1990年代、「子どもの権利」や「子どもの最善の利益」をテーマにした研修を6回、行いました。当時の日本では、女性の社会進出による家族の変化、少子化、放任、家庭崩壊、虐待といった家族問題に対する社会的関心が高まっていました。子どもの権利をテーマにした研修では、こうした問題を意識し、家庭福祉の根幹をなす人間観や児童観を問いただす理念的議論と、一般家庭の子どもと支援が必要な家庭の子ども、そして社会的養護の子どもと犯罪を犯した子どもの権利について考える視察を実施しました。訪問先は、官民の権利擁護機関、一般家庭、学童保育所、母子福祉施設、行政、児童虐待対応機関、緊急保護所、障がい児施設、児童養護施設、里親、児童治療施設、家族治療施設、移民難民対応機関、ユースサービス、少年司法関連機関と広範囲でした。

第23回研修 オーストラリアで入手した子どもへの性的虐待とネグレクト防止を訴えるパンフレット

日本では、子どもの権利条約が採択された翌年の1990年から、児童相談所における虐待相談対応件数統計がとられるようになりました。1990年の虐待対応件数は1,101件で、不登校や非行、障がい、社会的養護など児童相談所における他の種類の相談件数には遠く及ばない数でした。児童虐待は、1980年代まで特殊な家庭の問題として考えられがちでしたが、1994年、虐待、放置、怠慢な取り扱いから児童を保護することを締結国に求めた「子どもの権利条約」に日本が批准すると、相談件数が急激に増加していきました。児童養護施設の入所児童における被虐待児童の割合も増し、当財団では、1998年、初めて児童虐待を中心テーマにした研修「米国児童虐待の実態」を実施しました。以来、訪問国における児童虐待の状況や対応システムの把握は、海外研修に欠かせない要素となっていきます。

児童福祉法制定から50年を目前にした1990年代なかばから、子どもと家庭をめぐる現代の社会環境に対応した法律改正への審議が開始されました。1996年、厚生省は、要保護児童施策、児童保育施策、母子家庭施策を3つの柱として取り上げ、「現行の児童家庭福祉体系の見直しについて」の検討を始めました。翌1997年に成立した改正児童福祉法では、保育制度の改正、児童福祉施設の名称と機能の見直し、地域の相談支援の強化(児童家庭支援センター創設)、児童相談所の機能強化などが定められました。こうした動きに応じ、当財団では、1996年に「児童福祉施設の将来の在り方(近未来像)」を、1997年に「地域社会が求めるサービスの在り方」をテーマにした研修をそれぞれオセアニアとイギリスで実施し、児童福祉の基本理念と、児童福祉施設に求められるもの、複雑多様化するニーズにどう総括的に対応するかを議論しました。

元号 年号 社会のできごと 子ども、女性、家族にかかわるできごとや事件
平成2年 1990 大卒女子の就職急増 「子どもの権利条約」発効、一時保育、児童虐待対応件数統計開始
平成3年 1991 バブル崩壊、雲仙普賢岳噴火、湾岸戦争 育児休業法
平成4年 1992 高年妊産婦の定義30歳以上から35歳以上に、毛利さん宇宙へ 学校週5日制(月1回)
<資生堂財団20周年 「明日をひらく子どもたちに “子ども観”を考える」国際シンポジウム開催、カナダ「レジデンシャル・ケアの児童とティーンエージャーのための手引き」翻訳・刊行>
平成5年 1993 ウルグアイラウンド、コメ凶作、EU誕生 エンゼルプラン(少子化対策)、男女家庭科共修、『たまごクラブ』『ひよこクラブ』創刊
平成6年 1994 いじめ再び問題化、パート労働法、1ドル100円を割る、松本サリン事件 日本「国連子どもの権利条約」を批准(158番目)
平成7年 1995 阪神淡路大震災、地下鉄サリン事件、Windows95発売、ルーズソックス・ガングロ・茶髪流行 学校週5日制が月2回に
平成8年 1996 過労死の労災認定基準緩和、携帯電話急速に普及、覚せい剤乱用一般に拡大、「おやじ狩り」 厚生省方針「現行の児童家庭福祉体系の見直しについて」検討、日本子ども虐待防止研究会設立、全国児童相談所所長会「家庭内虐待調査」実施
平成9年 1997 金融機関経営破綻、雇用機会均等法改正、介護保険法成立、O157問題、携帯メール開始、京都議定書COP3採択 改正児童福祉法成立、援助交際問題化、神戸連続児童殺傷事件
平成10年 1998 金融ビッグバン、銀行貸し渋り、環境ホルモン問題化 学習指導要領告示、「キレる子」が問題化、学校基本調査で「学校ぎらい」が「不登校」に変更、子どもの虐待防止ネットワーク・あいち『見えなかった死 ―子ども虐待データブック』発刊
平成11年 1999 東海村臨界事故、初の脳死移植、桶川女子大生ストーカー殺人事件、栃木リンチ殺人事件、山口母子殺人事件、消費者金融CM解禁、完全失業率5%、改正男女雇用機会均等法(セクハラ防止義務) 高校学習指導要領告示、児童買春・児童ポルノに関わる行為等の処罰及び児童の保護に関する法律公布、「学級崩壊」

2000~2009年

児童虐待と家族支援にフォーカスしたプログラム研修
<虐待防止法成立後>


子どもと家族をめぐる時代背景
1990年の1.57ショックを契機に少子化対策が継続的に進められていましたが、2005年、1899年に人口統計をとり始めて以来、初めて総人口が減少し、合計特殊出生率も1.26と過去最低を記録し、少子高齢化社会への進行に対する危機感が高まりました。翌年の2006年、対策強化を図るため、「新しい少子化対策について」が決定され、社会全体の意識改革と、全ての子どもと家族を大切にする観点からの施策が掲げられました。生後4ヵ月までの全戸訪問事業(こんにちは赤ちゃん事業)の実施は、この施策の一環でもありました。

第32回研修 赤ちゃんの脳神経回路の発達を理解するための演習(アメリカ)

海外研修について
ミレニアムに沸いた2000年、児童相談所における虐待相談対応件数は17,725件で、統計を取り始めた1990年の1,101件に比べて10倍以上に増加していました。児童虐待相談件数の急増や、虐待によって命を落とす、あるいは重大な被害を受ける子どもの事件が繰り返し起きる状況に対応するため、2000年、「児童虐待の防止等に関する法律(以下、児童虐待防止法)」が成立し、その後も、法改正が重ねられ、児童虐待対応は強化されていきました。

こうしたなか、児童虐待は、2000年代の海外研修を貫くテーマとなりました。早期介入や地域ネットワークによる虐待予防、ハイリスクや困難リスクケースへの対応、性的虐待被害児童の精神的回復、修復的愛着療法、被虐待児の心の傷を癒す、などをテーマにした研修が2010年を含めて6回行われました。
なかでも、アメリカ在住のヘネシー澄子氏がコーディネートを行ったアメリカ研修では、虐待によるトラウマが子どもの発達に及ぼす影響や愛着との関連について、また最新のトラウマ治療や親支援のプログラムについて徹底して学びました。これら、アメリカの脳科学研究の知見に基づいた知識やエビデンスベースの実践プログラムは、その後、日本でもよく知られるようになり、例えば「ヘルシー・スタート」や「ヘルシー・ファミリー」は、乳児家庭全戸訪問と養育支援訪問の実践モデルとして利用されました(白石淑江, ヘルシー・スタートをモデルとした家庭訪問の試み,『世界の児童と母性』VOL.70, 2011-4)。

第34回研修 ファミリー・グループ・カンファレンスのロールプレイ(ニュージランド)

2000年代研修には、もう一つの大事なテーマがありました。それは、カナダ在住の菊池幸工氏が企画したカナダやオセアニア研修で学んだ、家族を重視した地域支援のあり方でした。ニュージーランドのファミリー・グループ・カンファレンス、アウトリーチやユースの自立支援のプログラム、コミュニティをベースにした里親ケアなど、数多くのプログラムが紹介されました。アドボカシーや先住民の背景を持つ子どもへの支援は、その後のカナダとオセアニア研修でも継続的に取り上げられるテーマとなります。

元号 年号 社会のできごと 子ども、女性、家族にかかわるできごとや事件
平成12年 2000 ストーカー規制法施行、日本初女性知事誕生(大阪府)、IT革命、介護保険法施行 児童虐待防止法成立(児童虐待の定義、住民の通告義務など)
平成13年 2001 アメリカ同時多発テロ、小泉内閣発足(構造改革)、失業率5%台、ハンセン病訴訟原告勝訴 尼崎児童虐待死事件、大阪池田小学校刃物男侵入児童8人殺害
平成14年 2002 初の日朝会談、デフレ不況、東京株式バブル後最安値、日韓共催サッカーW杯 子どもの虹情報研修センター設立、育児介護休業制度、学校完全週5日制
平成15年 2003 自衛隊イラク派遣決定、景気「底離れ」、世界各地でテロ、SARS流行 中学生による長崎男児殺害など少年事件多発、出生率1.29(戦後初めて1.3切る)、少子化社会対策基本法、子ども虐待による死亡事例等の検証開始、全養協:「児童養護施設の近未来像Ⅱ」、社会保障審議会「社会的養護のあり方に関する専門委員会」
平成16年 2004 新潟県中越地震、拉致被害者帰国、参院選自民敗北、EU25か国に拡大、イチロー大リーグ年間最多安打記録更新 児童虐待防止法・児童福祉法改正(児童虐待の定義の見直し、通告義務の範囲の拡大、市町村の役割明確化、要保護児童対策地域協議会法制化など)、小山市幼兄弟殺人事件(オレンジリボン運動の開始)、虐待通告相談件数33,000件、「児童虐待等要保護事例の検証に関する専門委員会」設置、岸和田中学生虐待事件
平成17年 2005 衆院選自民圧勝、郵政民営化法成立、福知山線脱線事故、東証出来高バブル時上回る、世界各地でテロ、中国で半日デモ 虐待通告相談件数(児童相談所+市町村)7万件超、合計特殊出生率過去最低1.26、小学女児殺害事件相次ぐ、高一の犯罪事件続く
平成18年 2006 総人口戦後初めて前年下回る、中国経済高成長、北朝鮮核実験とミサイル発射、ライブドアショック いじめ自殺各地で続発、埼玉児童性的虐待事件、秋田児童連続殺害事件、秋田園児殺害事件、尼崎児童暴行事件、出生率1.32、キッザニア東京オープン
平成19年 2007 年金記録未統合5000万件、食品偽装各地で発覚、中国食品への安全性問題、米サブプライム問題 鹿児島県「赤ちゃんポスト」開始、児童虐待防止法・児童福祉法改正(立入調査等の強化、保護者への面会等の制限強化など)、モンスターペアレント、給食費未納問題、厚労省「今後目指すべき児童の社会的養護体制に関する構想検討会」中間とりまとめ、社会保障審議会児童部会社会的養護専門委員会(社会的養護体制整備の具体的施策検討)
平成20年 2008 秋葉原通り魔事件、岩手宮城内陸地震、後期高齢者医療制度開始、中国四川省大地震、金融危機世界に波及 児童福祉法改正(乳児家庭全戸訪問事業等の法定化と努力義務化、里親制度改正等家庭的養護の拡充など)
平成21年 2009 民主党選挙圧勝政権交代、新型インフルエンザ感染拡大(WHOパンデミック宣言)、裁判員裁判開始、日航経営危機、政府月例報告デフレ宣言、脳科学解説書ブーム 西淀川区女児虐待死事件、児童福祉法改正

2010~2019年

予防的支援と社会的養護の今後を考える研修
<社会的養護の課題と将来像と、社会的養育の新しいビジョン>

第37回研修 北欧で見かけたエコなイクメンと自由に参加できるオープン保育


子どもと家族をめぐる時代背景
共働きの世帯は男女雇用均等法が成立した1985年の少し前から増加し続け、1997年以降は、共働き世帯数が、働く夫と専業主婦からなる世帯数を上回っています。内閣府の調査によれば、1979年、「夫は外で働き、妻は家庭を守るべきである」という考え方に反対していた者の割合は男性で17.4%、女で22.8%でしたが、2014年には男性46.5%、女性51.6%と増加しました。夫の家事や育児への参画も増え、6歳未満の子どもを持つ共稼ぎ世帯の夫の育児・家事関連時間は、2016年、1日あたり84分で、2011年より14分伸びていました。しかし妻の育児・家事関連時間は2016年、1日当たり430分で、2011年から2分しか短縮していませんでした。また、2010年、育児・介護休業法が改正され、1.5%程度で推移していた父親の育児休業取得率は2017年、5.14%まで増加しますが、女性の83.2%とはまだ大きな開きがありました。「ワンオペ育児」という言葉に象徴されるように、家事や育児の負担がまだ女性に偏っている傾向がみられます。

第39回 フィンランドの育児パッケージ

少子化対策の一環で、政府は、2000年代から「待機児童ゼロ作戦」、「待機児童解消加速化プラン」などの施策を切れ目なく展開していますが、女性の就業率の継続的な上昇により保育の需要も増し、保育サービスの不足は解消されませんでした。2016年には「保育園落ちた日本死ね!!」という匿名のブロクが注目を集め、「保活」(子どもを保育園に入れるための活動)といった言葉も登場しました。

第38回 ロンドンヒリンドン区LSCP訪問

また、2010年代も、児童虐待は大きな社会問題であり続けました。児童虐待対応の強化が法制化され、2011年には民法で親権が子どもの利益のために行われること、2016年には児童福祉法で子どもが権利の主体であることが明確化されました。また「しつけ」と称した重大な児童虐待事件の続発で、育児における暴力を許してはいけないという世論が高まったことや、体罰が子どもの成長や発達に与える悪影響が知られるようになり、2019年成立した児童虐待防止法と児童福祉法の改正法に「児童のしつけに際して、体罰を加えてはいけない」と明記されました。

第44回 リーズ市LSC訪問
イギリスの子どもの安全を守る機関協働のしくみは委員会という会議体LSCPからパートナーシップLSPに変化していた

海外研修について
2010年代は児童福祉法と児童虐待防止法の改正が重ねられ、2011年と2017年に、それぞれ「社会的養護の課題と将来像」、「新しい社会的養育ビジョン」が発表されるなど、児童福祉と社会的養護のあり方の検討が進みました。

海外研修も、2000年代のような虐待に対応するケアワーク増強のための知識や技術、予防や治療の実用的なプログラムを学ぶ研修ではなく、介入から予防へとシフトしている欧米各国の子ども家庭福祉のあり方を俯瞰し、子どもの権利を保障するためのシステムとソーシャルワークについて考える研修へと変化しました。高福祉を実現する北欧、連帯や家族主義を志向する大陸ヨーロッパ、民主化前の影響が残る東欧、児童保護制度の修正や改革が進むイギリス、児童虐待の疫学的研究や防止と治療のためのエビデンスを蓄積し実践につなげるアメリカ、多様性と高い権利意識が特徴的なカナダで、それぞれの国や地域の特徴をとらえながら、日本での「予防的支援」「多機関協働」「里親と施設のパートナーシップ」「アドボカシー」などの具体的展開を探る研修を行いました。

元号 年号 社会のできごと 子ども、女性、家族にかかわるできごとや事件
平成22年 2010 円高、ゼロ金利復活、記録的猛暑、日航経営破綻、大阪地検証拠改ざん 杉並里子虐待死事件、大阪2児餓死事件、「伊達直人」児童相談所にランドセル(タイガーマスク運動に)
平成23年 2011 東日本大震災、円高(75.32円)、反格差デモ世界に拡大、アラブの春、ウーサマ・ビン・ラ-ディン容疑者殺害 児童福祉法改正(児童相談所長、施設長の権限の規定など)、民法改正(親権が子どもの利益のために行われることが明確化、親権停止制度新設など)、「社会的養護の課題と将来像」とりまとめ
平成24年 2012 消費税増税法成立、景気後退局面、欧州債務危機続く、衆院選自由民主党圧勝政権交代、第2次安倍政権
平成25年 2013 アベノミクス始動、福島第一原発汚染水深刻化、TPP交渉に日本参加、中国PM2.5汚染深刻化 厚労省「子ども虐待対応の手引き」改正、警察がDV事案への積極介入体制確立(警察からの通告増加)
平成26年 2014 御嶽山噴火、広島土砂災害、集団的自衛権容認、7年ぶり円安株高、ノーベル平和賞にマララ・ユフスザイさん、イスラム国勢力拡大、香港民主化要求デモ雨傘運動
平成27年 2015 安全保障関連法成立、IS邦人人質殺害、TPP大筋合意、外国人観光客激増、爆買い、中東難民欧州に殺到、イスラム過激派世界各地でテロ 児童相談所全国共通ダイヤル「189」設置、虐待通告相談件数(児童相談所のみ)10万件超
平成28年 2016 熊本地震、米大統領広島訪問、日銀マイナス金利、障がい者施設19人殺害、トランプ大統領選勝利、英国EU離脱決定 児童福祉法等改正(児童福祉法の理念明確化、子どもが権利の主体であること、母子健康包括支援センター全国展開、市町村・児童相談所体制強化、里親委託推進など)
平成29年 2017 森友・加計・日報問題、共謀罪法成立、九州北部豪雨、電通に有罪働き方改革に機運 児童虐待防止法・児童福祉法改正(司法関与強化)、「新しい社会的養育ビジョン」とりまとめ
平成30年 2018 日産ゴーン会長逮捕、財務省森友文書改ざん、西日本豪雨・北海道地震災害相次ぐ、働き方改革外国人就労で関連法 目黒区5歳女児虐待死、児童虐待防止対策強化に向けた緊急総合対策、児童虐待防止対策体制総合強化プラン(虐待対応体制・専門性強化の計画策定)。
DV心理的虐待、警察等からの通告の増加
平成31年 2019 「令和」に改元、京都アニメーション放火、消費税10%、東日本台風大雨被害、首里城火災、中国武漢で新型コロナウィルス発見 千葉県野田市小4女児虐待死、児童福祉法改正(体罰禁止の法定化、児童相談所体制強化・設置促進、関係機関間連携強化など)、西日本こども研修センターあかし設立、緊急総合対策の更なる徹底・強化、児童虐待防止対策の抜本的強化、「子ども家庭福祉に関し専門的な知識・技術を必要とする支援を行う者の資格の在り方その他資質の向上策に関するワーキンググループ」発足、北海道札幌市2歳女児虐待死

法律は施行年でなく、成立年、改正年を記載
参考資料:ベネッセ教育総合研究所(2007).時代環境年表.第3回子育て生活基本調査(小中版) [2007年]、子どもの虹情報研修センター提供資料、小林登(監)川崎二三彦・増沢高(編著)(2010).いっしょに考える子ども虐待.明石書店、川崎二三彦(2015)児童虐待―現場からの提言.岩波新書、川崎二三彦(2019).虐待死 なぜ起きるのか、どう防ぐか.岩波新書、川崎二三彦・増沢高(編著)(2014).日本の児童虐待重大事件2000-2010.福村出版、金井剛(2020).児童相談所の歴史から考える.こころの科学214、小松尭(2019)子どもの貧困に起因する少年非行・犯罪への対応のあり方.立命館法政論集第17号、齋藤克子(2007).子育て支援策の変遷~1990年以降の子育て支援施策を中心として~.現代社会研究科論集 (1), 65-77、全国社会福祉協議会ウェブサイト「子どもの福祉」、政府広報オンライン「児童虐待から子どもを守るための民法の「親権制限制度」、子ども虐待防止オレンジリボン運動ウェブサイト「児童虐待防止法制度」、厚生労働省資料、内閣府資料、男女共同参画局資料、文部科学省資料、総務省
統計局データ、時事通信ウェブサイト