第6回

1977年度
アメリカ研修

養護施設と母子寮では、親が健在であっても養護を必要とする子ども、情緒的課題を抱える子どもの入所が増加しており、子どもの変化に対応した支援を用意する必要がありました。また養護施設では、地域に開かれた施設の社会化への取り組みが始まっていました。脱施設化が進むアメリカには日本の養護施設や母子寮のような組織はないとされていましたが、社会的養護や母子寮の対象者にはどのような処遇がなされているのか、その実態を学び、日本の施設の役割と機能のあり方を考えるため、養護施設の職員17名と施設長1名、母子寮(1998年母子生活支援施設に改称)の職員5名と施設長1名、そして子どもの国協会の管理職1名の合計25名が、24日間をかけ、アメリカで35ヵ所の視察を行いました。

養護施設班 テーマ:養護施設と里親制度

アメリカでは、子どもを家庭で、そして地域で育てるべきという考え方が社会に浸透しており、要養護児童の大部分は家庭保護、そして里親委託、養子縁組措置となって地域社会のなかで生活をしていました。社会的養護の最終手段であった施設は、形態を家庭に近づけて小規模となり、町はずれから町なかに養育の場を移していました。しかし、里親では対応が難しい情緒障がい児、知的障がい児、身体障がい児、問題児などを収容する施設のあり方、施設と地域社会とのかかわり方は、アメリカでも模索の段階であると報告書では述べられていました。

そのうえで、アメリカから学んだこととしては、専門教育を受けた施設職員の養成と資質向上のための人材育成、施設における積極的なファミリーケースワークの推進、学校との連携の強化などの重要性と必要性などが挙げられていました。また時代の要請に応じ、施設の機能や役割、サービスに変化が生じるのは当然として、どういうかたちであれ、一人ひとりを大切にして、目的を明確にした支援計画を立てて子どもを育てることが施設の責務であると再確認していました。

里親制度については、里親がいない限り子どもは施設入所しかあり得ず、日本では施設と里親の「併用」が求められるとして、慈善活動と位置づけられる傾向にある里親による養育を、施設養育と同じように法的根拠がある社会的養護の支援として社会に広く知らしめることと、地域で里親を開拓することの重要性を強調していました。そしてそのために児童相談所、福祉事務所、民生委員、児童委員、社会福祉協議会などが連携を密にして、例えば専門職が1つの地域で1つの建物で協働することが有効ではないかという提案を行っています。
(写真は、少数民族保護機関(ハワイ)での講義風景)。

母子寮班 テーマ:母子福祉

日本の母子寮ではさまざまな課題を抱えた母と子どもを全て受け入れていましたが、アメリカの母子施設は、夫からの虐待から逃れてきた母子のための施設、若年妊娠による未婚の母と子どもの施設など問題別に分けられており、妊娠期から母子として受け入れていたこと、短期間の入所期間内で母親教育や自立するための支援を行っていたこと、施設職員の数が多く、専門的に分化された仕事を行っていたことが特徴でした。

アメリカの情緒障がい児施設に入所する子どもの課題として「学校で教師や友との人間関係がよくない」「すぐ暴力をふるう」「非行化している」など、日本の母子寮の子どもたちが抱える課題が挙げられていました。報告書では、アメリカではこうした子どもに対応する専門の施設や職員が存在するが、日本の母子寮ではあらゆる課題に職員が対応している、として疑問を投じていました。
アメリカでも母子家庭への住宅や補助金による施策はありました。しかし「母子家庭」をハンディキャップとみなさず、母子家庭の母の就職や結婚に対して、偏見による不利益は日本ほどないなど、婦人や母子家庭への社会的地位が日米では異なることが、両国の母子福祉のあり方の違いにもつながっているのではないかという考察がなされていました。
(写真は、10代の未婚の母収容施設(ニューヨーク)のリビング)。

訪問州 訪問地 視察先
カリフォルニア州 サンフランシスコ サンフランシスコ市・郡社会福祉局
ロサンゼルス ハザウェー子どもホーム(情緒障害児収容治療施設)
コロラド州 デンバー デンバー子どもホーム(情緒障害児治療養護施設)
コロラド・クリスチャン・ホーム
(情緒障害児収容治療施設)
第三の家(グループホーム)
レイクウッド 婦人の危機センター(婦人相談所及び母子収容施設)
イリノイ州 シカゴ ハル・ハウス幼児能力開発センター
ニコラスJ. ブリッカー児童精神病治療ユニット
エンゼル・ガーディアン子ども家庭センター
(問題児収容施設)
聖ヨゼフ・カロンデレット子どもセンター
(情緒障害児収容療育施設)
ニューヨーク州 ニューヨーク ニューヨーク養育病院
インウッド・ハウス(十代の未婚の母収容施設)
ワシントンDC   国民子どもセンター(情緒障害児治療教育施設)
ワシントン特別区社会復帰庁
ウイッパー・ホーム(少女グループホーム)
フロリダ州 マイアミ メールマン児童能力開発センター
フロリダ州保健社会復帰局
ペントランド・ホール(非行女児グループホーム)
リトル・ハバナ成人デーケア・センター
(高齢者通所施設)
ホープスクール(精神薄弱児・者・収容・通所施設)
フロリダ・バプティスト子どもホーム(養護施設)
聖ビンセント・ホール(未婚の妊産婦施設)
セントロ・メーター(デーケア施設)
フロリダ少年の町(問題児養護施設)
デード郡老人センター協会、大司教区老人センター
集中児童サービス(公立障がい児里親あっせん機関)
ハリウッド 州立南フロリダ病院小児科(情緒障害児通院・収容施設)
州立南フロリダ病院青年部(情緒障害児療育施設)
テキスト州 ヒューストン ヒューストン・ハリス郡児童福祉局
ヒューストン・マーブリッジ・ハウス
(精神遅滞児収容訓練施設)
グレマーシー・ハウス(女児グループホーム)
バーネット・ベイランド・ホーム
(ハリス郡少年司法観察収容施設)
ハワイ州 ホノルル 女王リリウオカラ=子どもセンター
(少数民族保護施設)
ハワイ州公共福祉局
救世軍児童少年収容治療施設

※おおよそ訪問順に、報告書に記された名称・表現で記載

コラム

里親制度を学んで
 第6回研修団員 養護施設 高津学園(大阪)主任保母(当時)石井公子

脱施設化が進むアメリカから、我が国の養護施設業界が抱える諸問題との接点をどう見出すか、研修期間中を通して話し合い、いくつかの方向性を導きだしましたが、そのうちのひとつが「里親について」でした。
日本に比べると、アメリカの里親制度の発展はめざましいものがありました。高津学園では、昭和40年(1965年)から、里子センターとして大阪市中央児童相談所の里親係のワーカーと連絡を密にして里親委託を進める取り組みを進めていました。そのため、研修で、里親制度の歴史や里親開拓を行っていた元入所施設の活動、里親とソーシャルワークの行き届いた連携などを見聞させていただいたことはたいへん勉強になり、帰国後は里親支援にますます力を入れました。
人生の終盤になってから、施設長だった主人とファミリーホームを開設し、主に虐待を受けた子どもたちを、施設の保育士経験者のサポートを受けて養育しました。たいへんな状況の子どもたちでしたが、ホーム制の良さも実感しました。里親としての実践ができたのは研修での学びがあってこそで、感謝しています。
研修においては、飛行機に乗ることも初めての経験で、たくさんの思い出が心に残っています。当時よりアメリカは未婚の母が多く、そのグループホームの視察も行いました。日本にもこうした支援がより求められる時代がくるのではないかと頭をよぎった記憶もよみがえります。海外の情勢と現場を知ることで、日本のそれから、そして良い所と改善が必要な点などが感じとれたように思います。