第35回

2009年度
アメリカ研修

第35回研修は、アメリカで推進されている児童虐待防止活動(ヘルシーファミリー)についての研修をアリゾナ州フラッグスタッフココニノ郡保健所で、また虐待を受けた子どもたちの心の傷(トラウマティック・ストレス)を癒す最新知識とその実践方法についての研修をマサチューセッツ州ブルックラインのボストントラウマセンターで行いました。トラウマセンターでは、第32回研修で学んだ「癒しの人間関係作り」からさらに一歩進み、愛着障害だけでなく、虐待によるトラウマへのケアと、施設での具体的実践方法を学びました。

研修参加者は、児童養護施設職員6名と施設長1名、乳児院職員1名、母子生活支援施設職員2名、児童自立支援施設職員1名、情緒障害児短期治療施設職員1名、児童家庭支援センター1名の13名でした 。研修日程は15日間でした。

虐待防止活動(ヘルシーファミリー)、
被虐待児治療の知識と実践(トラウマセンター)

アリゾナ州フラッグスタッフとマサチューセッツ州ブルックラインでの実践には、科学的に効果があると認められたアプローチ・プログラムが使用されていました。プログラムは現場で開発されており、その効果を実証するための研究も同時に行われていました。実践と研究が密接に結びつき、効果が証明されたプログラムが州に採用されるといったボトムアップの実践がスタンダートでした。日本でも研究は盛んですが、広範囲の実践を通して介入の効果が実証されている例はまれで、児童福祉施設が調査・研究対象になることがあっても研究結果が現場の実践に反映されにくく、報告書では、「実践を行いながらの研究」や「研究を行いながらの実践」を現場レベルで進めていくシステムが必要だと述べられています。

また報告書では、ヘルシーファミリーアメリカプログラムをはじめとした虐待予防プログラムで虐待が確実に減少しているとして、日本でもこれまで以上に予防活動に力を入れる必要性があると説いています。さらに、予防活動や支援技法は脳科学も含めた科学的に実証されたものであることが必要だが、それは従来の方法を否定するものではなく、最新の知見に基づいて技法を整理・統合していくことや現場のリソースを掘り起こしていくことが重要で、その意味でボトムアップによる技術の体系化が求められるとして、予算、時間、人員配置なくしての推進は難しいが、その制度を確立しエビデンスに基づいた支援技法の集積・体系化を図ることが課題だとまとめています。

訪問州 訪問地 視察先、研修項目
アリゾナ州 ココニノ郡フラッグスタッフ ココニノ郡保健所研修
・健康な家族アメリカの概要
・健康な家族アリゾナの活動
・脳とトラウマ
・長所に焦点を当てる戦略Ⅰ・Ⅱ(演習)
・健康な家族アリゾナ家庭訪問・面接調査観察
ツーバ ペアレンティング・アリゾナ
(ナバホ・ホピ・インディアン健康な家族プログラム)
ツーソン オルタナティブ・センター(シェルター)
ココニノ郡フラッグスタッフ ココニノ郡立少年審判所
マサチューセッツ州 ブルックライン ボストン トラウマセンター研修
・ベッセル・バンデコーク博士(トラウマセンター創立者)「脳とトラウマ」
・トラウマの発達への影響と愛着・自己制御・能力(ARC)の概念
・親と子の相互作用セラピー(PCIT)
・トラウマに効果的なヨガ(技術研修)
・表現技術、感覚動作、感覚の統合によるトラウマへの介入(SMART)(演習)
・児童のトラウマ介入に協力的劇作と演劇を導入する方法

※報告書に記された順番、名称や表現に準じて記載

コラム

米国の虐待防止活動と治療の研修から学んだこと
 第35回研修団員 母子生活支援施設 倉明園(鳥取)  施設長補佐 田中恵子

私たち児童福祉に携わり、子どもたちや子どもたちの養育者への支援をすすめる者にとって、この研修で得た先駆的な理論や実践の学び、しかも同じ仕事をしている仲間と共に学べたことは深く心に残り、今も日々の我々の実践に活きています。

米国では、日本に先立ち1974年に一時保護など早期介入を進めるための児童虐待防止法が成立しました。米国での虐待対応は、把握される虐待数の多さ、Child Protective Services(日本の児童相談所のような機関)での通告と介入を重視した対応、警察と司法の強い関与、司法面接の開発、予防的支援が重視され、裏付けとなる疫学的調査や研究が活発であるという特徴があります。その中でも虐待を予防する重要性がかなり認識されるようになり、私たちが参加した2009年度研修では、米国の虐待研究の先駆者であるケンプ博士(H. Kemp)の新生児家庭訪問の研究結果をもとに米国全土に拡がっていった「健康な家族アメリカHealthy Families America」のアリゾナ州での活動やプログラムの内容、そして、乳幼児期の脳の発達や虐待によりトラウマを受けた脳がいかにその後の人生に大きな影響を与えるかということを学びました。
今や脳科学は目覚ましい進歩を遂げ、虐待やマルトリートメントが脳に与える影響や、虐待がトラウマとなりその後の人との関係や生活、人生に大きく関わっていくことが知られていますが、当時の私たちは、トラウマによる脳への影響が様々な研究や実践から実証され、それが理念と基盤となって子育て支援プログラムとして展開されていることに衝撃を受けたことを覚えています。
ボストンにあるトラウマセンターでは、「脳とトラウマ」について、そしてトラウマを受けた子どもたちや大人にどのような介入方法があるのか、エビデンスに基づいた支援の考え方やセラピーについて学びました。センターの医療所長であったベッセル・バンデコーク医学博士が「ある日の児童養護施設でのエピソード」を語り、「感情コントロールが苦手でささいなことで癇癪をおこす子どもがいるが、いったい彼、彼女たちの脳の中ではどんなことが起こっているのだろうか?」という問いかけをされたところから始まった「脳とトラウマ」の特別講義は新たな発見の連続で、我々が現場で出会い、接する子どもたちや母親の顔が次々に脳裏に浮かび、「あの子の、あの人のあの状態はトラウマを受けた脳がそう動いているのか!」とか「あの子に、あの人にこれを使って関わったらうまくいくかもしれない!」と次々とアイデアが生まれ興奮したことも覚えています。何より私は、研修団が博士とレストランでお目見えした時、博士から発せられた衝撃的な知見の数々に頭の中が総動員され聞きたいことが山ほど生まれても、それをどう表現していいかわからずにいるところに「あなた!何か言いたいんじゃない?」と意味深に言われた時にドキッとしたことが忘れられません。その後、「身体(姿勢・動作)と感情はリンクしていて…」「養育者は身体に表現される感情をコントロールすることを学ばなければならず」「本当のことは身体の状態に出ている」とトラウマセンターで行われているヨガや「SMART」という動作や身体感覚に直接働きかける手法を学びましたが、自分のどんな身体の状態を博士は読んでいたのか、気になって夜が眠れなかったものでした。

研修から米国のトラウマインフォームドとエビデンスベーストプラクティスの考え方や実践から、日本の社会的養護や家庭福祉において、トラウマインフォームドの視点をもっとスタンダードにしていく必要があることや、乳児家庭全戸訪問事業・養育支援訪問事業、要保護児童地域対策協議会の取り組みや私がフィールドを持つ母子生活支援施設の母子支援の実践など課題や可能性がたくさん見えた研修でした。研修報告書の最後に「親愛なる資生堂海外研修団の皆さまへ」とバンデコーク博士が寄稿を寄せてくださっています。そこに「世界中どこにでも、個々の文化に特有な、トラウマの影響を和らげる独特の方法があるのです。…まず自分たちの文化を見つめなおして、そこにどのような方法があるのか探すことが大切です。…トラウマ障害を受けた子どもたちは(誰でも)情動の調整、注意の集中、人間関係の維持に非常な問題を持つものだということが分かっています。私たちはこういう子どもたちが、自分の情動を調整し、注意集中能力を発展させ、養育的で愛情のこもった寛容な人間関係を体験できるような方法を自分の身の回りに探すことが第一です。」と情動の調整と注意集中の点において日本の文化(禅、剣道、柔道、合気道等)が感情の高揚を鎮静させるために有効であるとあります。そして、トラウマを受けた子どもたちや養育者と関わることについても「この大変な仕事を続けていく心痛や、欲求不満を皆さま方と乗り越えるためには、仲間内で、尊敬と支援と分かち合いの文化を築くようにするしか方法はありません。…皆さま方が担当の子どもたちを大切にするように、お互いを大切にしてください。トラウマ障害を受けた子どもたちを癒す仕事は長い学びの過程なのです」と続きます。この言葉は今でも私の脳にあの頃の興奮を呼び起こします。そして今、仕事を続けていて躓くことも少なくない毎日ですが、この文章や報告書を読み返すたびに涙がこみあげ「もう一度頑張ろう」と思えます。