第18回

1991年度
ヨーロッパ研修

虐待や放任、ホームレス等、世界的に「児童の権利」が軽んじられる現象が増加していました。日本では、出生率が低下する一方で、「子どもの権利条約」を批准する方向にあり、子どもをめぐる問題への関心が高まっていました。第18回研修では、「児童の権利と児童養護活動」をテーマに、デンマーク、イギリス、ドイツで13ヵ所の視察を行い、3ヵ国の児童の権利保護に対する理念、一般家庭の児童養育の傾向、児童虐待と保護システムの実情を学び、福祉の根底にある人間観、児童観等について考えました。参加者は養護施設職員10名と施設長1名、教護院職員4名、母子寮職員2名、情緒障害児短期治療施設職員2名、知的障害児施設職員1名、厚生省課長補佐 1名の21名で、日程は15日間でした。

児童の権利と児童養護活動

訪問した3ヵ国それぞれに独自の歴史や社会的背景に裏付けられた福祉の展開がありました。そしていずれの国でも、財政の逼迫による福祉施策の見直しが求められている様子がうかがえました。報告書では「高負担高福祉」を実現させてきた国々のケースワークとソーシャルワーク、子どもの権利の尊重のありかたを学んだ研修を総括するものとして、研修団による座談会の内容を掲載しています。

座談会では、日本とデンマークの福祉従事者の姿勢と実践に大きな違いはなかったが、潤沢な福祉予算や縦割りでない行政など、実践をバックアップする制度が違ったという指摘がなされています。また民間施設が自己資金で新規プロジェクトを始め、それが社会的に有効であれば、政府がプロジェクトを援助するといったドイツの福祉事業のあり方を例に挙げ、日本でも民間の自由な発想を活かし、産学連携で組織的な福祉事業を行うことが必要で、そのためにはまず幼児期からの教育の見直しと、福祉に関する長期的なビジョンと関係機関をコーディネイトできる人が求められると論じています。教育については、デンマークでは、乳幼児から、読み書きではなく、福祉の理念や思想、ノーマライゼーション、ヒューマニズム、競争ではなく人間みな等しい力を持ち合わせている存在であることなどを徹底的に教えていたと振り返っていました。こうした教育がデンマークを福祉国家たらしめているが、日本では教育を見直すだけでは不十分で、社会的、政治的な要素も考えなければいけないとも議論しています。座談会では、ほかにも、子どもの主体性と自尊感情、予防福祉、福祉従事者の誠実さと勇気、ヒア・アンド・ナウと「ウィズ」の精神、社会福祉のマンパワーなどについても話し合っています。
(写真はCDJ青年の村ハウスキーピングコースの生徒に折り紙を教える団員)。

訪問国 訪問地 視察先
デンマーク オーデンセ Fyns Amts Familie Center(家族治療施設)
Mr. & Mrs. Rosenly Olsen(非行児を預かるファミリーホーム)
ノレアビー Udby Behandlingshjem(児童特別治療施設)
ボーゲンセとその近隣 Bogense Fritideshjem(学童保育)
Mr. & Mr.s Erik F. Sorensen
(一般家庭への訪問)
Danish Japanese Culture College
(ボーゲンセ生活学園:グループホーム)
Mr. & Mrs. Vibeke Jorgensen
(母子を預かる里親家庭)
Mr. & Mrs. Bent Laursen(里親家庭)
イギリス ロンドン National Children's Home
(ナショナル・チルドレンズ・ホーム)
Cumberlow Logde(治療施設)
ドイツ オッフェンブルグ Christliches Jugenddorfwerk Deuschland Jugenddorf Offenburg Berufsbildungswerk
(ドイツキリスト教(CDJ)青年の村)
アルテンシュタイク Jugenddorf-Christophorusshule Altensteig Uberberger Weg
(CDJ青年の村キリスト教音楽学校)
ハイヒンゲン Jugenddorf Schlos Kaltenstein im CJD
(CDJ青年の村学園)

※報告書に記された名称を記載

コラム

海外研修での学びから、一人ひとりの子どもにふさわしい社会(今)を考える
 第18回研修団員、第38回研修団長 社会福祉法人三光事業団(兵庫)理事長 側垣一也

1991年9月、第18回資生堂児童福祉海外研修団の一員としてデンマーク、イギリス、ドイツを訪問しました。この研修で特に印象に残ったのは「デンマークには社会福祉という言葉は存在しない。デンマーク社会そのものが福祉なのだ。」という言葉です。「デンマークは一人ひとりの違いを尊重し生きる権利を保障する社会である」という本質を教えられた言葉でありました。もうひとつは「家族治療施設」の存在です。デンマークでも虐待や、薬物依存、精神障がいなどで家族関係に課題を持つケースも多くあり、その治療のための施設ですが親の課題のために子どもを分離するのではなく、家族全体を受け入れて、課題解決を促してゆくという取り組みです。「子どもの育ちにとって必要な家族という資源」を適切な治療や支えにより保っていくという考え方は、「子どもの最善の利益の保障」を尊重した取り組みであり、私が現在運営する法人の「子どもと家族に寄り添う」というビジョンにも大きな影響をあたえています。
イギリスでは、サッチャー首相の経済的改革により大規模児童入所施設の解体と里親委託政策への急激な転換の影響で、何カ所も里親家庭を移ったり、里親による虐待などにより心理的外傷を負う子どもが増加し、心理治療施設を新設しなければならないという現実がありました。
ドイツでは1990年の東西ドイツ統一の直後であり、異なる社会・経済制度や文化の違いからの課題が山積していましたが、いずれの国も、子ども一人ひとりのニーズや個性を尊重してゆくという考え方は社会全体の底流としてあることを感じました。
2012年に第38回研修団の団長として再びドイツとイギリスを訪問する機会を与えられました。ドイツでは地域的な経済格差や移民・難民の増加という課題を抱えながらも、子どもの養育責任は社会にあるという「家族に優しい国」をめざそうとする施策、イギリスでは、それまでの虐待死事件の徹底した検証から、子どもに関わるすべての専門家が情報を共有して対応するガイドライン「ワーキングトゥギャザー」の存在をはじめとして、虐待だけでなく、子どもの成長にとって影響を及ぼす全ての「害=シグニフィカント・ハーム」に対する取り組みなど、さまざまな改革をしていました。やはり「子どもの最善の利益」を意識し「生きる権利」「育つ権利」「守られる権利」「参加する権利」を保障して行く姿勢を感じました。
「子どもにふさわしい世界は全ての人にふさわしい世界です」。国連子ども特別総会(2002年)の子ども代表の演説です。私は、この海外研修での学びを生かして、「子どもにふさわしい世界」とは何なのかを、常に意識をして努力をしなければならないと思っています。